S5.98M

S5.98M エンジン (14D30)

S5.98Mエンジンは、ロシアで開発された液体燃料ロケットエンジンであり、別名「14D30」としても知られています。このエンジンは、特にロシアのブリーズ（Briz）ファミリーの上段ロケットに搭載され、人工衛星の最終軌道投入や、惑星探査機の軌道修正など、精密な軌道制御が必要な宇宙ミッションを担っています。現在、主にブリーズ-M上段の主推進機として広く使用されています。

このエンジンの開発と設計は、ロシアの液体ロケットエンジンの名門設計局であるKB KhIMMASH（化学機械製造設計局）によって手掛けられました。伝説的なロケット科学技術者、アレクセイ・イザエフ氏の技術的リーダーシップのもとで開発されたS5.98Mは、その後のロシアの宇宙輸送能力を支える重要な技術となりました。KB KhIMMASHは、現在、ブリーズ上段やプロトンロケットの製造元であるクルニチェフ国家研究生産宇宙センターの一部門となっています。

S5.98Mが使用する推進剤は、UDMH（非対称ジメチルヒドラジン）を燃料、四酸化二窒素を酸化剤とする組み合わせです。これらの推進剤は、常温での貯蔵が可能であり、特別な冷却システムを必要としません。また、両者が接触すると自然に燃焼を開始する自己着火性を持つため、宇宙空間での信頼性の高い再着火が可能です。複数回にわたるエンジンの噴射と停止を繰り返す軌道上での運用において、この特性は非常に有利に働きます。

このエンジンは、高効率を実現する二段燃焼サイクルを採用しています。二段燃焼サイクルでは、推進剤の一部を用いてガスタービンを回し、ポンプで主燃焼室に高圧の推進剤を送り込みます。タービンを駆動した後のガスも無駄なく主燃焼室に送られ、残りの推進剤と完全に混合・燃焼させることで、推進剤の持つエネルギーを最大限に引き出し、高い比推力（推進効率）を得られます。これは、限られた推進剤でより遠く、より重いペイロードを運ぶために不可欠な技術です。

S5.98Mエンジンを搭載するブリーズ上段は、ロシアの主要な打上げロケットであるプロトン-Mやロコットに不可欠な要素となっています。これらのロケットは、ロシア国内のミッションに加え、商業衛星の打上げにおいても世界市場で実績を積んできました。

ブリーズ-M: S5.98Mエンジンを主機とする、ブリーズファミリーの中で最も能力の高い上段です。中央コア部に加え、着脱可能な追加燃料タンクを備えることで、大容量の推進剤を搭載し、静止トランスファ軌道（GTO）などの高エネルギー軌道へ重量級ペイロードを投入する能力を持ちます。主にロシアの主力重量物打上げロケットであるプロトン-Mの第4段として使用され、大型通信衛星や惑星探査機などの打上げに貢献しています。ブリーズ-Mの複数回再着火能力は、複雑な軌道マヌーバを可能にします。
プロトン-M: クルニチェフ国家研究生産宇宙センターが製造する、ロシアの主力重量物打上げロケットです。ソ連時代の弾道ミサイルUR-500をルーツに持ち、改良を重ねてきました。ブリーズ-M上段とS5.98Mエンジンは、プロトン-Mが持つ高い打上げ能力、特に重量級衛星を静止軌道近くまで運ぶ能力を支える重要な技術コンポーネントです。国際ローンチ・サービス（ILS）が商業打上げサービスを提供していました。
ロコット: ロシアの軽量打上げロケットで、ソ連時代の大陸間弾道ミサイルRS-18（SS-19）を転用したものです。ロコットは、S5.98Mの小型派生型エンジン（例: S5.92）を搭載したブリーズ-KM上段を使用します。ブリーズ-KMは、ブリーズ-Mよりもシンプルで軽量な構造を持ち、主に中型以下のペイロードを低軌道へ投入するのに適しています。GLONASS衛星や科学衛星、地球観測衛星などの打上げに用いられ、欧州との合弁事業ユーロコットを通じて商業打上げも行われていました。
クルニチェフ国家研究生産宇宙センター: ロシア連邦宇宙局（ロスコスモス）傘下の主要な宇宙企業であり、ブリーズ上段シリーズやプロトン-Mロケットの設計、開発、製造を担っています。エンジン設計局であるKB KhIMMASHは、現在このセンターの一部門として活動しており、ロシアの宇宙輸送システムを支える技術開発を継続しています。

S5.98Mエンジンは、その先進的な技術、信頼性の高い運用性、そして高効率な性能により、ブリーズ上段、特にブリーズ-Mの高性能を実現する基幹部品です。プロトン-Mやロコットといったロシアの代表的なロケットシステムにおけるこのエンジンの役割は極めて大きく、長年にわたりロシアが多様な宇宙ミッションを成功させるための重要な技術基盤を提供し続けています。

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