SPIRou

SPIRou (SPectropolarimètre InfraROUge) とは

SPIRouは、ハワイのマウナケア山頂にあるカナダ・フランス・ハワイ望遠鏡（CFHT）に設置された、近赤外線観測用の高精度分光器です。視線速度法による惑星探査と、恒星の磁場観測という二つの重要な役割を担っています。特に、赤色矮星のような暗く、活動的な星の観測に特化しており、その惑星系を詳しく調べることができます。

観測の目的

SPIRouの主な目的は二つあります。

1. 赤色矮星の惑星系観測: 赤色矮星は、太陽よりも小さく低温で、可視光よりも赤外線を多く放出します。SPIRouは近赤外線波長をカバーすることで、これらの星の周りを公転する惑星を視線速度法を用いて効率的に観測できます。
2. 偏光観測による恒星磁場の研究: SPIRouは、2004年からCFHTで使用されてきた偏光分光器ESPaDOnSの後継機としての役割も担っています。恒星の磁場は、その活動性を知る上で重要な指標です。特に、赤色矮星は磁場が強く、活動性が高い傾向があるため、視線速度法の観測で生じるノイズのモニタリングに役立ち、惑星探査の精度向上に貢献します。また、SPIRouの偏光観測能力は、様々な種類の恒星や、惑星系の形成過程における磁気環境の研究にも役立ちます。

開発と歴史

SPIRouの開発は、フランスのミディ・ピレネー天文台の天文学・惑星科学研究所（IRAP）が中心となり、カナダ、スイス、ポルトガル、ブラジル、台湾の研究機関が協力して行われました。装置の組み立てと実験室での試験はIRAPの施設で行われ、2017年12月にハワイのCFHTへと輸送されました。2018年2月には望遠鏡のクーデ焦点室に設置されました。設置直後の2018年5月にはハワイ地震の影響を受け、観測データに影響が出ましたが、その後の調査と修理により、問題は解決されました。2019年1月には最終審査を通過し、2月から科学観測を開始しました。しかし、その後も冷却システムの故障やクーデ室の温度上昇などの問題が発生し、その都度、修理や対策が行われています。

SPIRouは現在、太陽系近傍の赤色矮星を対象とした大規模サーベイ「SLS (SPIRou Legacy Survey)」のために優先的に使用されています。このサーベイでは、2019年から2022年にかけてCFHTの占有時間300夜分が割り当てられ、約60個の惑星が発見されると期待されています。

設計と技術

SPIRouは、近赤外線高分散分光器として設計されており、エシェル回折格子を使用して光を分散させます。光ファイバーを用いて、望遠鏡から分光器本体へ光を伝送する一般的な構成です。制御システムはCFHTのような望遠鏡での使用を前提に設計されており、HARPSやESPaDOnSなどの先行する装置の設計を参考にしています。特に、高精度分光器としての要素はHARPSから、偏光分光器としての要素はESPaDOnSから受け継いでいます。

SPIRouの波長カバー範囲は、近赤外線のYJHKバンド（0.9から2.5μm）で、一度の露光でこの範囲全体のスペクトルを観測できます。偏光観測モードでは、偏光の波長強度をスペクトルとして記録できます。波長分解能は約75,000です。視線速度の測定精度は数メートル/秒のオーダーであり、運用開始から5年間で2m/sよりも良い精度を達成しています。

分光器本体は、望遠鏡から離れた恒温室に設置され、カセグレン焦点に接続ユニットを介して光ファイバーで接続されます。この接続ユニットには偏光器が内蔵されており、観測モードに応じて偏光を分離した上で、光ファイバーへ伝送されます。分光器本体は冷温容器に収められ、73.5ケルビン（-199.65℃）に冷却され、温度変動が2ミリケルビン以下になるよう精密に制御されています。実験室試験では、0.2mKという温度安定性を達成しています。

SPIRouは、2010年代に開発された多くの視線速度法用赤外線分光器の一つであり、その中でも偏光観測機能を持っている点が特徴的です。較正ユニットは、HARPSとほぼ同じ設計で、ホロカソードランプの輝線を用いて較正を行います。

スペクトルは、H4RGイメージセンサー（画素ピッチ15μm, 画素数4k×4k）に投影されて記録されます。センサーで取得されたデータは、APEROというデータパイプラインで処理され、デジタル化された電磁スペクトルとして出力されます。APEROはSPIRou専用に開発されましたが、他の装置にも応用可能で、NIRPS分光器向けに修正された実装も公開されています。

同世代の赤外線 分光器

SPIRouと比較される同世代の赤外線分光器としては、以下のような装置があります。

GIANO（国立ガリレオ望遠鏡）
NIRPS（ESO 3.6m望遠鏡）
CARMENES（カラル・アルト天文台3.5m望遠鏡）
IRD（すばる望遠鏡）
HPF（ホビー・エバリー望遠鏡）
iSHELL（IRTF）

これらの装置は、それぞれ独自の設計と特徴を持ち、赤外線天文学の発展に貢献しています。

まとめ

SPIRouは、高精度な視線速度法観測と偏光観測の両方を可能にする、先進的な観測装置です。赤色矮星の惑星系探査や恒星磁場の研究に重要な役割を果たしており、今後の天文学研究に大きな貢献をすることが期待されています。

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