U505 (潜水艦)

U505

「U505」は、第二次世界大戦中にドイツ海軍が運用したIXC型潜水艦の一隻です。1944年6月4日、大西洋上でアメリカ海軍の第22.3任務群によって捕獲されたことで歴史にその名を刻みました。この捕獲は、単に敵艦を無力化しただけでなく、艦内に残されていたドイツ海軍の暗号表やその他の機密情報が連合国軍の暗号解読、特にエニグマ暗号の解読作業に invaluable（非常に貴重）な貢献を果たしたという、戦略的に極めて重要な意味合いを持ちました。

捕獲までの航跡

「U505」は1940年6月12日にハンブルクのドイチェ・ヴェルフト社で起工され、1941年8月26日に就役しました。初代艦長アクセル＝オーラフ・レーヴェ大尉のもとで運用が開始され、その後ペーター・ツェッヘ大尉、パウル・マイヤー中尉、そして捕獲時の艦長ハラルト・ランゲ中尉へと指揮は引き継がれました。12回の哨戒任務を通じて、「U505」は合計44,962トンに及ぶ8隻の連合国船舶を撃沈するという戦果を上げています。

初期の哨戒ではアフリカ西海岸やカリブ海で作戦を展開し、成功を収めましたが、その後の任務は苦難の連続でした。特に第4回哨戒中、カリブ海での哨戒中にイギリス空軍の爆撃機から奇襲攻撃を受け、甲板直上での爆発により司令塔内にいた当直士官1名が死亡、艦体にも大きな損傷を負いました。この時、排水ポンプが機能せず浸水が広がる中で、ツェッヘ艦長は艦の放棄を命じましたが、機関員たちの尽力によって艦は潜水可能な状態まで応急修理され、自力での帰還を果たしました。この時の損傷の激しさから、「U505」は「帰還したUボートの中で最も損害が大きかった艦」として知られることになります。

ロリアンでの長期間にわたる修理の後も、「U505」の不運は続きました。英駆逐艦による執拗な追跡で数日後に帰還を余儀なくされた哨戒もあれば、機器の故障や、フランス人造船所従業員による組織的なサボタージュ（電気系統への細工、燃料タンクへの穴あけ、不完全な溶接など）によって、出港後すぐに中止となる哨戒が繰り返されました。こうした状況は乗組員の士気を著しく低下させ、「U505」は基地内で嘲笑の対象となり、「U505の狩猟場」という皮肉めいた張り紙がされるほどでした。

極め付けは第10回哨戒中の出来事です。激しい爆雷攻撃に晒され、極度の重圧に耐えかねたツェッヘ艦長が、司令区画内で乗組員の目前で拳銃自殺を図ったのです。これは歴史上、潜水中に自殺した最初の潜水艦長であり、戦闘中に自らの指揮する艦内で命を絶った唯一の例とされています。この事件は、「U505」の士気の低さと指揮系統の問題を露呈し、後の捕獲時の自沈失敗にも影響した可能性が指摘されています。

劇的な捕獲と引き揚げ

1944年6月、ウルトラ情報によりカーボベルデ周辺でのUボートの活動が示唆されました。これを受け、ダニエル・V・ギャラリー大佐率いる米海軍の第22.3任務群（護衛空母「ガダルカナル」と護衛駆逐艦5隻）がUボート捜索のために派遣されました。6月4日、「チャタレイン」がソナーで「U505」を探知し、直ちに攻撃を開始。爆雷攻撃により損傷し浮上した「U505」は、任務群の艦艇と航空機から集中砲火を浴びました。

ランゲ艦長は重大な損傷を負ったと判断し、総員退艦を命じました。しかし、この命令が迅速すぎたため、自沈のためのバルブ閉鎖が不完全で、エンジンも停止されないまま艦は放棄されました。舵も損傷していたため、「U505」は円を描くように航走を続けました。

生存者の救助と並行して、米海軍は大胆な作戦を実行しました。「ピルスベリー」から派遣されたアルバート・デイヴィッド少尉率いる8名の移乗班が、「U505」に乗り込みました。艦内には戦闘による唯一の犠牲者である1名の遺体があるだけで、他に人員はいませんでした。移乗班は直ちに機密文書、特に暗号表や海図を確保し、自沈を阻止するためにバルブを閉鎖、自爆装置を解除しました。これにより、浸水は止まりましたが、艦は傾斜した状態でした。

続いて「U505」を曳航する作業に移りましたが、「ピルスベリー」は曳航中に「U505」と衝突し損傷したため、「ガダルカナル」が曳航を引き継ぎました。「ガダルカナル」の機関長アール・トロジーノ中佐は、Uボートのディーゼルエンジンと潜水用電動機を巧妙に切り離し、電動機をスクリューシャフトに繋いだままにしました。曳航されることでスクリューが回転し、電動機が発電機として機能してバッテリーを充電。その電力で艦内ポンプを稼働させ、浸水を排水することに成功しました。エアコンプレッサーも作動させ、バラストタンクを排水して艦を完全に浮上状態に戻しました。

この困難な作業の結果、「U505」は3日間の曳航を経て艦隊曳船に引き渡され、最終的に1,700浬の長旅の末、1944年6月19日にバミューダ諸島に入港しました。これは米海軍が米英戦争以降、海上での戦闘で敵艦を捕獲した初めての事例でした。捕虜となった乗組員は厳重に隔離され、その事実はドイツ側に知られることのないよう徹底的に秘密が保たれました。

戦果と後世への継承

「U505」から押収された資料、特に1944年6月分のエニグマ暗号機設定や各種暗号表は、ブレッチリー・パークへ送られ、連合国軍の暗号解読作業を大幅に加速させました。これにより、ドイツ海軍の通信を傍受・解読する能力が向上し、Uボートの正確な活動海域を特定することが可能となり、大西洋での戦局に大きな影響を与えました。捕獲の事実は極秘とされたため、ドイツ海軍は「U505」の乗組員を戦死として扱いました。

捕獲作戦に関わった将兵たちはその功績を称えられ、特に最初に艦内に突入したデイヴィッド少尉は名誉勲章を授与されました。任務群自体も大統領感状を受勲し、米海軍史上の特筆すべき偉業と評価されました。捕獲された「U505」はバミューダで徹底的な調査を受け、そこで得られた技術的知見は戦後アメリカの潜水艦開発にも活かされたとされています。

戦後、「U505」は一時ポーツマス海軍造船所で放置され、標的艦として処分される危機に瀕しましたが、捕獲作戦を指揮したギャラリー提督らの尽力により、シカゴ科学産業博物館への寄贈が実現しました。1954年9月24日に博物館船として一般公開され、第二次世界大戦で犠牲となった海軍軍人への記念碑としての役割も担っています。当初は部品が失われていましたが、驚くべきことに多くのドイツメーカーが無償で代替部品を提供し、修復に協力しました。

1989年にはアメリカ合衆国国定歴史建造物に指定され、2004年には屋外展示による劣化を防ぐため、空調管理された地下の施設へ移設されました。現在は完全に修復された姿で、貴重な戦争遺産、そして技術史の証として多くの来館者に公開されています。「U505」は、連合国軍に捕獲された6隻のUボートの一つであり、博物館船として現存する4隻の大型Uボートの一つ、そして現存する唯一のIXC型潜水艦として、その波乱に満ちた歴史を今に伝えています。

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