コモンマーモセット

コモンマーモセット（Callithrix jacchus）

コモンマーモセット（Callithrix jacchus）は、南米ブラジルを原産とするマーモセット科に属する小型の新世界ザルです。この属の基準種とされています。本来はブラジル北東部の沿岸地域に自然分布していますが、かつて飼育されていた個体が逃げ出したり、意図的に放されたりした結果、20世紀初頭にはブラジル南部など、本来の生息域以外にも分布を広げています。特にリオデジャネイロでは、1929年には野生個体が確認されており、これらの地域では外来種として生態系への影響が懸念されています。具体的には、在来の近縁種であるシロミミマーモセットなどとの交雑や、鳥類の巣や卵を捕食することが問題となっています。

医学分野では、マウスよりも生理機能がヒトに近いことから、実験動物として重要な位置を占めています。特に、2014年には新世界ザルとしては初めて全ゲノム配列が解読されるなど、遺伝学的な研究対象としても注目されています。

形態学的特徴

コモンマーモセットは、サルの中でも非常に小型な種です。長い尾を持ち、体長はオスが平均約188mm、メスが約185mm、体重はオスが約256g、メスが約236g程度で、雌雄の大きさの差はわずかです。体毛の色は多様で、茶色、灰色、黄色が混じり合っています。特徴的なのは、耳を覆う白くて長い毛と、尾に明瞭な縞模様があることです。顔の皮膚は露出しており、額には白い斑紋があります。幼獣は茶色の毛色で生まれ、成長とともに黄色い毛や耳の白い房毛が発達していきます。

他のマーモセット属と同様に、足の親指を除くすべての指に鉤爪を持っている点が大きな特徴です。足の親指だけは、他の霊長類と同様に平たい爪（平爪）となっています。彼らはリスのように樹上で生活しており、木の幹に垂直に掴まったり、枝から枝へと素早く飛び移ったり、枝の上を四つ足で歩いたりします。この鉤爪は、こうした樹上での活発な行動様式に適応した結果と考えられています。また、マーモセット属に共通する形態として、ノミのような形をした大きな切歯と、特定の食餌に適応した構造を持つ盲腸も挙げられます。

分布と生態

コモンマーモセットの自然分布域は、ブラジル東部から中部にかけて広がっています。しかし、人間によって他の地域に持ち込まれた結果、ブラジルのリオデジャネイロのような都市部だけでなく、遠く離れたアルゼンチンのブエノスアイレスでも野生化した個体が見られます。彼らは森林に幅広く生息しており、大西洋に面した湿潤な森林から、内陸部の季節によって葉を落とす半落葉林、さらにはサバンナにある森林や川沿いの水系林まで、多様な環境に適応しています。乾燥した二次林や開発地の境界域など、比較的攪乱された環境でも生息できる柔軟性を持っています。

食性

コモンマーモセットの鉤爪や切歯の形状、腸管の構造は、植物の滲出物と昆虫を主な食源とすることに特殊化していることを示唆しています。彼らは木の幹に鉤爪で掴まり、鋭い切歯を使って樹皮に穴を開け、そこからしみ出る植物のガム質、樹液、ラテックス、樹脂といった滲出物を舐めたり、歯で齧ったりして食べます。これらの滲出物は、彼らの食餌全体の20%から70%を占める重要な栄養源です。特に果実が少ない1月から4月にかけては、滲出物が食性の中心となります。一度穴を開けた場所からは繰り返し採餌し、他の動物が開けた穴を利用することもあります。

滲出物に加えて、昆虫も彼らの食餌全体の24%から30%を占める重要な要素です。体が小型であるため、昆虫だけを食べて生きていくことも可能であり、また、昆虫に気づかれずに接近したり待ち伏せしたりするのに有利です。その他にも、果実、種子、花、菌類、花の蜜、カタツムリ、トカゲ、樹上に住むカエル、鳥の卵、さらには哺乳類の幼獣まで、多様なものを捕食することが観察されています。果実については、オウムやオオハシといった鳥類、ウーリーオポッサムといった哺乳類と競合する可能性があります。

行動：社会構成と繁殖

コモンマーモセットは、家族を中心とした安定した大きな群れを形成して生活します。群れの規模は通常9匹程度ですが、最大15匹に達することもあります。一つの群れには、通常1〜2頭の繁殖可能なメスと1頭の繁殖可能なオスが含まれ、これらの主要な繁殖ペアとその子供たち、そしてその両親や兄弟姉妹などの血縁関係にある成獣で構成されます。群れ内ではメス同士の方がオス同士よりも血縁関係が深い傾向があります。オスは自分の血縁メスとは繁殖しません。性成熟を迎えた個体は、生まれた群れを離れることがありますが、これは青年期に群れを離れることが多い他の霊長類とは異なる特徴です。離群の理由は完全には解明されていません。繁殖に関わるオスが死亡すると、群れが分裂することもあります。

群れの中では、繁殖に関わる個体が一般的に優位な立場にありますが、繁殖ペア間での明確な優劣は観察されにくいです。ただし、繁殖に関わるメスが複数いる場合は、どちらか一方がより優位になります。劣位のメスは通常、優位のメスの娘であることが多く、それ以外の個体間の社会的な優劣は年齢によって決まる傾向があります。優位性は様々な行動、姿勢、発声によって示され、劣位の個体は優位の個体を毛づくろいするなどして服従を示します。

複雑な繁殖システムと子育て

コモンマーモセットの繁殖システムは複雑で、当初は一夫一妻制と考えられていましたが、状況に応じて一夫多妻制や一妻多夫制も見られることがあります。しかし、多くの場合、主要な繁殖ペアは一夫一妻の関係です。群れに繁殖可能なメスが2頭いる場合、劣位のメスは他の群れのオスと交尾することが多く見られます。劣位のメスが繁殖した場合、生まれた子供の状態が優れないことも少なくありませんが、他の群れのオスと交流することは、将来的に安定した繁殖相手を見つける機会につながる可能性もあります。また、子供が死亡した場合など、劣位のメスが他の群れに移って、そこで優位な繁殖個体となるケースも報告されています。

彼らの繁殖成功には、他の個体からの子育ての援助が不可欠です。そのため、繁殖に関わる個体は、他の群れメンバーの繁殖を、行動的および生理的に抑制するメカニズムを持っています。繁殖を抑制された個体は、通常、繁殖ペアと血縁関係にあるため、遺伝的に繋がりがある子を育てることで、間接的に自分の遺伝子を残すことになります。また、血縁関係にあるオスの存在がメスの排卵に影響を及ぼすことも知られており、実験環境下では、父親の存在が娘のメスの排卵を抑制しましたが、血縁関係にないオスではその効果は見られませんでした。メスが母親に対して攻撃的な態度をとることがあり、これは繁殖的な地位を奪うための行動と考えられています。

適切な環境下では、成熟したメスは定期的に繁殖活動を行います。メスはオスに対して舌を突き出す行動で交尾を誘います。妊娠期間は約5ヶ月で、出産後およそ10日ほどで再び交尾が可能になります。このため、約5ヶ月間隔で出産し、年に2回子供を産むことが可能です。通常、コモンマーモセットは二卵性双生児を産みます。双子の子育てはメスにとって大きな負担となるため、妊娠期から授乳期にかけて、他の群れメンバーからの援助が特に重要となります。生まれたばかりの幼獣は本能的に母親の背中にしがみつき、生後2週間ほどはほとんど離れません。その後、徐々に親から離れるようになると、繁殖に関わるオス（多くの場合父親）が積極的に世話に参加するようになり、やがて群れ全体が子育てに協力するようになります。数週間の間に幼獣が母親の背中で過ごす時間は減り、自分で動き回ったり、他の幼獣や成獣と遊んだりする時間が増えていきます。生後3ヶ月頃に離乳し、5ヶ月頃には若年期に入ります。この時期になると、両親以外の個体との交流が増え、時には荒っぽい行動も見られますが、これは将来の社会的な地位形成に影響すると考えられています。次の子供が生まれると、若年期の個体は新しい弟や妹を運んだり、一緒に遊んだりして世話に参加します。生後9ヶ月から14ヶ月の間に亜成体となり、大人のような行動を見せ始め、思春期を迎えます。生後15ヶ月頃には成獣の大きさになり性成熟しますが、社会的に優位な立場にならない限り、繁殖を開始することはできません。

コミュニケーション

コモンマーモセットは、様々な音声と視覚的な信号を用いてコミュニケーションをとります。視覚的なコミュニケーションとしては、警戒時には口を半開きにして相手を見つめたり、攻撃的な意図がある場合は顔をしかめたりします。服従を示す際には、目を細めて見つめたり、恐怖や服従を感じている時には耳を覆う白い毛を平らにしたりします。音声によるコミュニケーションも発達しており、主に2種類の警戒音を発します。「スタッカート」と呼ばれる、段階的に音が高くなる繰り返しの音と、「チック」と呼ばれる断続的または繰り返し発せられる短く鋭い音があります。マーモセットの警戒音は一般的に短く甲高い特徴があります。また、「トリル」と呼ばれる、ビブラートのような低い音は日常的に使用され、群れのメンバー同士が互いを監視し、位置を確認するために役立ちます。「フィー」という笛のような鳴き声もよく聞かれ、これは仲間を引きつけたり、群れをまとめたり、縄張りやまったり、はぐれたメンバーを探したりする際に用いられます。彼らはまた、胸部と肛門・生殖器の近くにある臭腺を使って、物体に自分の匂いを付けるマーキング行動を行います。このマーキングは、その個体の社会的地位や繁殖可能な状態を他のメンバーに伝える役割を果たします。

人との関わりと飼育上の注意

コモンマーモセットは比較的に生息数が多く、現時点では絶滅の危機にあるとは考えられていません。しかしながら、彼らの生息地であるブラジルのセラード地域では、1990年代以降開発が急速に進み、生息域の縮小が懸念されています。また、彼らは可愛い外見からペットとして人気があり、捕獲され販売されることも生息数への影響が心配されています。ペットとして飼育されることも多いのですが、成熟するにつれて扱いが難しくなることがあり、その結果捨てられたり殺処分されてしまうケースも報告されています。医学研究分野では重要なモデル動物として広く利用されており、特にヨーロッパでの利用が多いと言われています。催奇形性（胎児への影響）、歯周病、生殖生理、免疫機能、内分泌系、肥満、老化といった様々な研究分野で活用されています。

コモンマーモセットを飼育するには、その独特な生態に適した環境を整えることが不可欠です。彼らは樹上生活者であり、活発に動き回るため、特に高さのあるケージが必要です。横長やガラス製など、掴まる場所の少ないケージは適しません。十分な広さがあり、ジャンプできるような空間を確保することが重要で、最低でも高さ1m以上が推奨されます。放し飼いの時間を長く設ける場合はケージが小さくても対応できることもありますが、狭いケージに閉じ込められると、体の大きさがケージの環境に比例してしまうとも言われます。適切な飼育温度は最低でも25℃〜28℃ですが、彼らの運動能力を維持し、体温調節を助けるためには、ケージ内に気温差（マクロ環境）を作ることが非常に重要です。例えば、ハンモックを吊るした上部エリアを心地よい28℃程度にし、ケージ下部を25℃にするなど、複数の温度帯を用意する必要があります。この温度勾配を作るためには、保温ライトが役立ちます。昼間は日光を模したライトと紫外線ライト（UVBライト）を並べて設置し、その下で彼らが日光浴と体温調節ができるように工夫します。他にも、UVBライトはビタミンD3の生成に不可欠です。ハンモック、かじり木、シェルター、登り木、そして皿ではなく衛生的な給水器なども必要です。ケージの環境整備は、飼い主の理解度を示すとも言われるほど、彼らの健康と幸福にとって極めて重要です。

餌に関しては、食べやすいようにふやかした餌を与えるケースがありますが、虫歯や必要な栄養素の摂取という観点から、硬い固形フードに慣れさせることが推奨されます。特に注意が必要なのは、幼いコモンマーモセットの人工飼育です。早期に親から離して人工飼育を行うと、社会的な行動や鳴き声を学ぶ相手がいないため、異常な行動や鳴き声を発するケースが多くなります。これらの異常行動は加齢とともに固定化することが確認されています。繁殖を目的とする場合を除き、親から離すのは1歳以降が望ましいとされています。研究機関では、人工飼育は生命を救うためのやむを得ない手段であり、安易に行うものではないという認識が共有されていますが、近年のペットブームに乗じた販売業者が、生後1ヶ月程度で親から離し、営利目的で人工飼育を行うことで、幼獣の発育不全が多発している現状があります。

かつて、日本に輸入されて研究所で飼育が始まった当初、二次性副甲状腺機能亢進症などの疾患を発症する個体が相次ぎました。研究の結果、コモンマーモセットは特にビタミンD3を大量に必要とすることが判明し、これに合わせて専用のモンキーフードが開発され、研究所では使用されています。しかし、この専用フードは一般には入手困難なため、通常のモンキーフードを使用することになります。一般のモンキーフードではビタミンD3の含有量が不足しているため、健康を維持するためには、食事による補給に加え、紫外線照射によって体内でビタミンD3を合成させる必要があります。彼らは本来、赤道直下の強い日差しの中で生活する種であるため、日本の日射量だけでは日光浴のみで必要なビタミンD3を十分に補うことは難しいです。研究所では専用フードで補うため紫外線照射を行わないケースもありますが、一般飼育では使用するフードの種類や量によって、紫外線照射が必須となります。紫外線照射によるビタミンD3合成の要求量が多いにもかかわらず、自宅の窓際や短い散歩での日光浴で済ませてしまうなど、適切な知識の不足から紫外線不足に陥り、カルシウム値を維持できずに命を落としてしまう悲劇も発生します。紫外線照射を行う際には注意が必要です。紫外線はガラスを透過しないため、窓越しの光では意味がありません。また、マーモセットに必要なのはUVBと呼ばれる種類の紫外線ですが、UVBは地上に届く紫外線のわずか10%程度しかありません。さらに、紫外線は波長が短いため障害物に遮られやすく、室内には十分に届きにくい性質があります。適切な紫外線照射ができているかを確認する目安として、顔の皮膚の色が挙げられます。紫外線が不足している個体の顔は肌色ですが、適切に照射されている個体の顔は黒くなります。

性成熟を迎える2歳頃になると、闘争心や縄張り意識、嫉妬心が発達し、それまで懐いていた飼い主や家族に対しても攻撃的な態度をとったり、襲いかかったりすることがしばしば観察されます。幼い頃に可愛く懐いていても、成長とともに態度が変化する可能性があるため、常に扱いには十分な注意が必要です。また、同じく2歳頃に、兄弟同士の間で激しい争い「ツインファイト」が見られることがあります。この争いは傷が残るほど激しくなる場合もあるため、多頭飼育の場合は特に注意が必要です。

ゲノム情報

コモンマーモセットのメスの全ゲノムは2014年に報告されており、これは新世界ザルの中で初めて完全に解読されたゲノムとなりました。ゲノムサイズは約2.26ギガ塩基対（Gb）で、約21,168個の遺伝子が含まれています。ゲノム中の反復配列のうち、分節的重複と呼ばれる構造は全体の約4.7%（138 Mb）を占めており、これはヒトやチンパンジー（約5%）よりわずかに少ないものの、オランウータン（3.8%）よりは多い割合です。

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