セザンヌ礼賛

モーリス・ドニ『セザンヌ礼賛』：1900年の美術界の肖像

1900年、モーリス・ドニによって制作された油彩画『セザンヌ礼賛』は、単なる肖像画を超え、当時の美術界の精神風土を鮮やかに反映した作品です。絵画の中央には、ポール・セザンヌの静物画が画中画として配置され、それを取り囲むように画家や批評家たちが集まっています。この絵が描かれた場所は、パリのラフィット通りにある画商アンブロワーズ・ヴォラールの店です。

画中画と集う人々

セザンヌの静物画は、ゴーギャンが所有していたものであり、彼の不在にも関わらず、その存在感が作品全体を覆っています。ゴーギャンは、この絵を「類まれな宝石」と称賛したと伝えられています。背景には、ゴーギャンやルノワールの作品もかすかに見え、画面全体に多様な美術様式が混在していることが分かります。

この絵には、ナビ派の画家たちが多く描かれています。象徴主義の巨匠オディロン・ルドンは、やや離れた位置に立っており、ナビ派の創始者の一人であるポール・セリュジエ（もしくはゴーギャン）と話し込んでいる様子が見て取れます。その他、エドゥアール・ヴュイヤール、批評家アンドレ・メレリオ、ヴォラール自身、ドニ自身、ポール・ランソン、ケル＝グザヴィエ・ルーセル、ピエール・ボナール、そしてドニの妻マルタまで、多くの著名な人物がリアルに描写されています。

ルドンの存在は特筆に値します。ドニはルドンを深く敬愛しており、彼の作品には、魂のあり方や感情の深み、内なるヴィジョンが反映されていると信じていました。ルドンが象徴主義の画家でありながら、この作品の中でセザンヌを賞賛する者たちの中に位置づけられている点は、当時の美術界におけるセザンヌの影響力の高さを物語っています。

構図と色彩

作品は高さ180cm、幅240cmと大規模で、等身大に近い人物描写によって圧倒的な視覚的インパクトを与えています。縦長のイーゼルや人物の立ち姿、杖などが画面に垂直方向の力強さを与える一方、セザンヌの静物画は、明るい色彩の長方形として対比的に配置されています。画面は人物たちで埋め尽くされ、ほとんど余白がありません。こうした密度の高い構図は、当時の美術界の活気と熱気を視覚的に表現していると言えるでしょう。

興味深いのは、ナビ派の画家たちが黒いスーツを着ている点です。アバンギャルドな作風で知られる彼らが、フォーマルな服装をしていることは、ある種の緊張感や、伝統への意識の高さを示唆しているのかもしれません。

意義と影響

美術史家ベリンダ・トンプソンは、『セザンヌ礼賛』を、ドニがゴーギャンやゴッホに見られるような奔放な表現から、セザンヌの古典的な価値観への回帰を示すものだと解釈しています。ドニ自身も、後に古典主義をフランス文化の伝統の核心と位置づける論文を発表しており、この作品は、彼の思想形成における重要な転換点を示すものと言えるでしょう。

類似作品と展覧会

『セザンヌ礼賛』は、アンリ・ファンタン＝ラトゥールの『バティニョルのアトリエ』のような、当時の美術家たちの集まりを描いた作品を想起させます。1901年には、パリの国民美術協会サロンとブリュッセルの自由美術展に出展されましたが、当時の評価は賛否両論だったようです。ドニ自身も、日記の中で作品が笑いの的になったことを記しています。

来歴

この作品は、作家アンドレ・ジッドのコレクションを経てリュクサンブール美術館に寄贈され、その後フランス国立近代美術館、ルーヴル美術館、オルセー美術館と移り変わってきました。現在もオルセー美術館で所蔵されています。

『セザンヌ礼賛』は、単なる肖像画を超えて、1900年という時代の美術界の肖像であり、セザンヌの画業への賛辞であると同時に、ドニ自身の美術史における位置づけを確立した記念碑的な作品と言えるでしょう。

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