モーリス・ドニ

モーリス・ドニ：信仰と平面性、そして近代美術への貢献

モーリス・ドニ（1870年-1943年）は、フランスを代表する画家であり、著述家としても知られています。ナビ派という重要な芸術集団の中心人物として活躍し、キュビスムやフォーヴィスム、抽象絵画にも多大な影響を与えた、20世紀美術史において特筆すべき存在です。ノルマンディー地方の海岸の町で生まれたドニは、幼少期から強いキリスト教信仰を抱き、将来を「クリスチャンの画家」として志向していました。裕福な家庭に育ち、エコール・デ・ボザールとアカデミー・ジュリアンで研鑽を積み、フランス人人物画家・理論家のジュール・ジョゼフ・ルフェーブルに師事しました。

アカデミー時代、ドニはポール・セリュジエやピエール・ボナールといった、後のナビ派メンバーとなる仲間たちと出会います。ボナールを通じて、エドゥアール・ヴュイヤールやケル・グザヴィエ・ルーセルとも交友を深め、1890年、彼らと共にナビ派を結成しました。「ナビ」とはヘブライ語で預言者を意味し、新しい芸術表現を創造するという彼らの強い意志を象徴していました。ナビ派は1890年代末に解散しますが、ボナールやヴュイヤール、そしてグループ外のアンリ・マティスらにも大きな影響を与え続けました。

ナビ派解散後、ドニは宗教画と壁画に傾倒するようになります。1922年にはこれまでの論文をまとめた『現代美術と宗教美術に関する新理論』を出版し、理論家としての側面も示しました。晩年の作品には、風景画や母子の絵などもありますが、宗教画への関心の深さは、国際クリスチャン労働組合連盟からの依頼で制作されたジュネーブの壁画『労働の尊厳』（1931年）からも窺えます。

ドニの絵画理論は、近代美術史における重要な転換点となりました。彼は、絵画の平面性にいち早く注目し、1890年の論文『新伝統主義の定義』で「絵画が、軍馬や裸婦や何らかの逸話である以前に、本質的に、ある順序で集められた色彩で覆われた平坦な表面であることを、思い起こすべきである」と述べています。これは、モダニズム絵画の出発点ともいえる画期的な発言でした。この平面性の探求は、ゴーガンやセリュジエの影響も受けていますが、ドニ自身はそれを装飾性へと昇華させていきました。また、1898年には芸術の源泉は画家の個性にあるという理論を発表し、「芸術作品を創造するものは、画家の力であり、意思である」と主張しました。

第一次世界大戦後、ドニはジョルジュ・デヴァリエールと共に宗教美術アトリエを設立し、戦争で破壊された教会のための作品制作に携わります。アカデミズムや写実主義への批判を表明し、彼は情感を犠牲にするアカデミズム、散文的な写実主義を否定し、神性に寄り添う美を追求しました。

私生活では、カトリックの第三会に所属し、1893年にマルタ・ムリエと結婚、7人の子供をもうけました。マルタは多くの作品モデルを務めました。1919年にマルタを亡くした後、ドニは彼女を偲んで礼拝堂の絵画を制作。その後、エリザベス・グラトロールと再婚し、さらに2人の子供をもうけました。政治的には王党派のアクション・フランセーズに近い立場をとっていました。1943年、交通事故によりパリで死去しました。

現在、パリ郊外にはモーリス・ドニ美術館があり、彼の作品を鑑賞することができます。また、モントリオール美術館、ウォーカー・アート・ギャラリーなどでも大規模な回顧展が開催され、その芸術的業績は世界的に高く評価されています。日本国内の美術館にも数多くの作品が所蔵され、彼の影響は現代美術にまで及んでいます。

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