ゼノビア

ゼノビア：砂漠の女王、その生涯

3世紀、パルミラ帝国を率いた女王ゼノビアは、その知性と武勇で歴史に名を刻みました。彼女の生涯は、謎に包まれた前半生から、パルミラ帝国の興隆、そしてローマ帝国との激しい戦いまで、波乱に満ちています。

生い立ちと前半生

ゼノビアは、240年頃にアラビアのベニサマヤド部族の長の娘として生まれたとされています。父はザッバイ、母は「長い美しい髪を持つ娘」と称された女性でした。彼女の名前は、ラテン語で「Iulia Aurelia Zenobia」、アラビア語で「al-Zabba' bint Amr ibn Tharab ibn Hasan ibn 'Adhina ibn al-Samida'」など複数の表記がありますが、一般的にはギリシア語の「ἡ Ζηνοβία」、ラテン語の「Zenobia」で知られています。公文書では「Bat-Zabbai」（Al-Zabbaの娘）とも記されました。

ゼノビアの出自には不明な点が多く、母がギリシア人であったという説が有力ですが、古代エジプト語に堪能であったことからエジプト出身説も存在します。彼女はラテン語、ギリシア語、シリア語、アラビア語にも通じ、学問にも秀でていました。哲学者カッシオス・ロンギノスの指導を受け、ホメロスやプラトンに関する著作を著したとされていますが、これらは散逸しています。

パルミラの女王として

ゼノビアの名前が史料に初めて登場するのは、258年にパルミラの有力者セプティミウス・オダエナトゥスの後妻となった時です。その後、彼女はオダエナトゥスとの間に息子ウァバッラトゥスをもうけます。オダエナトゥスはローマ皇帝ガッリエヌスの信頼を得て、パルミラを拠点にローマ帝国東部属州を統治。ゼノビアも軍事遠征に同行し、その知略で夫を支えました。

267年、オダエナトゥスは甥のマエオニウスによって暗殺され、パルミラは混乱に陥ります。ゼノビアは、幼いウァバッラトゥスを後継者に立て、自らは共同統治者として実権を握り、混乱を収拾しました。

ガッリエヌス帝の治世下、オダエナトゥスは事実上、半独立の王国を築いていました。西方ではガリア帝国が割拠し、北方では異民族の侵入が相次ぐ中、268年にガッリエヌスが暗殺されると、ゼノビアはローマの混乱に乗じて勢力を拡大します。彼女は「サーサーン朝の侵略からローマ東部属州を守る」という名目で、エジプトやカッパドキア、パレスティナなどのローマ領土を次々と制圧。自らを「エジプトの女王」と称し、「戦士女王」として名を馳せました。彼女は騎馬術にも優れており、カルタゴの女王ディードーやクレオパトラの後継者を自認したとされています。

ローマとの戦い

270年、アウレリアヌス帝がローマ皇帝に即位すると、彼は帝国の再統一を目指し、パルミラ王国に降伏を勧告します。しかし、ゼノビアは272年にアウグスタを自称し、息子ウァバッラトゥスにアウグストゥスを名乗らせ、ローマに対抗する姿勢を鮮明にしました。

アウレリアヌス帝は親征を開始し、ビザンティオンなどを陥落させます。ゼノビアは自ら軍を率いてローマ軍を迎え撃ちますが、アンティオキア近郊とエメサでの二度の戦いに大敗。ウァバッラトゥスは戦死しました。

パルミラに逃れたゼノビアは籠城を準備しますが、ローマ軍の包囲と現地の攻撃により、籠城は困難を極めます。彼女はサーサーン朝の支援を期待しましたが、ローマ軍の増強により、敗北を悟ります。ゼノビアはペルシアへ逃亡を試みましたが、ユーフラテス川を越える前にローマ軍に捕縛されました。彼女は責任を部下に押し付け、命乞いをしたとされています。結果的に助命されましたが、部下は処刑され、パルミラ王国は瓦解しました。

その後

ゼノビアはローマに連行され、アウレリアヌスの凱旋式で、黄金の鎖で縛られた姿をローマ市民に晒されました。しかし、その後はティブルの別荘で贅沢な暮らしを送ったとされています。元老院議員と再婚し、数人の娘をもうけ、その娘たちはローマの高貴な身分の人々と結婚したと伝えられています。

ゼノビアの評価と遺産

ゼノビアは、そのカリスマ性と知略、そして勇猛さによって、多くの人々を魅了しました。エドワード・ギボンは『ローマ帝国衰亡史』で、彼女の美貌と勇気を絶賛し、クレオパトラを超える存在として描きました。一方で、敗戦後の言動については批判的であり、その弱さを指摘しています。

彼女の肖像は、シリアの旧500ポンド紙幣に描かれており、小惑星にも彼女の名前が付けられるなど、後世にもその名が残っています。また、オペラやゲーム、ドラマなど様々な作品で彼女を題材としたものが作られています。

ゼノビアは、一人の女性でありながら、歴史を動かした人物です。その生涯は、古代の権力闘争と、その中で生き抜いた人々の姿を私たちに伝えてくれます。

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