チョン・ミョンフン

鄭明勳（チョン・ミョンフン、Myung-Whun Chung）は、1953年1月22日、韓国ソウルで生まれました。彼は指揮者として世界的に知られていますが、同時に卓越したピアニストでもあります。

生い立ちとピアニストとしての才能

鄭明勳は公務員の父と料理店を経営する母の間に、7人兄弟の三男として生まれました。幼い頃からピアノを学び始め、7歳でソウル市交響楽団とハイドンのピアノ協奏曲を共演するなど、その才能は早くから開花しました。

1961年、母親がシアトルで韓国料理店を開業するために家族でアメリカに移住しました。この時、姉であるヴァイオリニストのチョン・キョンファとチェリストのチョン・ミョンファは既にニューヨークで音楽の勉強をしていました。1967年にはシアトルでピアノリサイタルを開催。1968年にニューヨークに移り、1971年からマネス音楽大学でピアノをナディア・ライゼンバーグに、指揮をカール・ブラムバーガーに師事しました。同じ年には、姉ミョンファがジュネーヴ国際音楽コンクールで優勝した際のピアノ伴奏を務めました。1974年には、アメリカ代表としてチャイコフスキー国際コンクールピアノ部門に出場し、第2位に入賞しました。その後、指揮の勉強と並行してピアニストとしても活動し、1979年にはシャルル・デュトワ指揮のロサンジェルス・フィルハーモニックとチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を録音しました。

また、姉のキョンファ、ミョンファと共に「チョン・トリオ」を結成し、ピアノを担当しました。このトリオでは、ドヴォルザーク、ブラームス、メンデルスゾーン、チャイコフスキー、ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲やベートーヴェンの三重協奏曲などを録音しています。

指揮者としての飛躍

マネス音楽大学卒業後、1974年にジュリアード音楽院の大学院に進学し、本格的に指揮の勉強を開始しました。ジュリアード音楽院では、オペラ「蝶々夫人」を指揮した他、ニューヨーク・ユース・オーケストラの指揮者も務めました。1978年にはロサンジェルス・フィルハーモニックでカルロ・マリア・ジュリーニのアシスタントとして研鑽を積み、1980年に同団の副指揮者となりました。

1984年、ザールブリュッケン放送交響楽団の首席指揮者に就任し、ヨーロッパを中心に指揮活動を開始しました。1990年には、クラウディオ・アバドの芸術監督就任に抗議して出演をキャンセルしたロリン・マゼールの代役としてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団にデビューしました。オペラ指揮者としては、1986年にヴェルディの歌劇「シモン・ボッカネグラ」でメトロポリタン歌劇場にデビューし、1987年にはフィレンツェ歌劇場の首席客演指揮者に就任しました。

1989年には、パリ・オペラ座（バスティーユ歌劇場）の初代音楽監督に迎えられました。これは、当初就任が予定されていたダニエル・バレンボイムが劇場側から拒否されたという異例の事態を受けてのものでした。1990年にはドイツ・グラモフォンと専属契約を結びました。パリ・オペラ座時代には、晩年のオリヴィエ・メシアンと親交を深め、1990年に録音したトゥーランガリラ交響曲のCD解説をメシアン自身が執筆したほか、メシアンの死後も、1994年に「コンセール・ア・キャトル」を世界初演するなど、メシアン作品の積極的な演奏・録音に力を注ぎました。1992年にはパリ・オペラ座での功績が認められ、フランス政府からレジオンドヌール勲章を授与されました。

1994年、政治的な理由によりパリ・オペラ座のポストを解任されました。その後はフリーランスとして活動していましたが、1997年にローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団の首席指揮者に就任。同年、湖巌賞芸術部門を受賞しました。1998年には韓国のKBS交響楽団の音楽監督に就任しましたが、翌年に辞任。2000年にはフランス放送フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任しました。

日本との関係

鄭明勳は、日本との関係も深く、1975年にはピアニストとして初来日し、その後も頻繁に日本を訪れています。1995年には指揮者として初めて来日し、フィルハーモニア管弦楽団を指揮して大成功を収めました。この成功を機に、彼は日本での活動を本格化させ、NHK交響楽団や東京フィルハーモニー交響楽団など、数々の日本のオーケストラと共演しています。東京フィルハーモニー交響楽団では、2001年からスペシャル・アーティスティック・アドヴァイザーを務め、その後桂冠名誉指揮者、名誉音楽監督を歴任しました。また、パシフィック・ミュージック・フェスティバルや別府アルゲリッチ音楽祭でも指揮をしています。また、日本のオーケストラだけでなく、海外のオーケストラやオペラの来日公演を指揮する機会も多く、日本の音楽ファンに多くの感動を与えています。

さらに、彼は親日家としても知られており、今上天皇とは室内楽で度々共演しています。2002年の日韓ワールドカップ開催時には、「日韓の難しい過去を忘れるには、勝敗を決めなければいけないスポーツより、音楽の美を共有する方が得策かもしれない」と語り、隣国としてよりよい日韓関係の構築を望んでいる姿勢を示しました。

ソウル市立交響楽団での改革とその後

2005年には、ソウル市長（当時）の要請を受け、ソウル市立交響楽団（ソウル・フィルハーモニー管弦楽団）の音楽監督に就任しました。就任後、世界各地でオーディションを行い、団員の約1/3を入れ替えるという大改革を行いました。2009年には、アジアのオーケストラとして初めてドイツ・グラモフォンとの長期専属契約を結びました。彼の改革により、ソウル・フィルはチケット販売率が大幅に向上するなど一定の成果を上げましたが、2014年には経営に関する評価で最下位となり、さらに人事に関する問題や海外での指揮活動を優先したことなどから批判を受けました。最終的に、2015年に音楽監督を辞任しました。

その他の活動

鄭明勳は、1997年には自らが中心となり「アジア・フィルハーモニー管弦楽団」を結成し、アジア各国の音楽家を集めたオーケストラを率いて公演を行っています。2011年には単身で北朝鮮を訪れ、朝鮮民主主義人民共和国国立交響楽団と銀河水管弦楽団を指揮するなど、音楽を通じた南北融和にも積極的に取り組んでいます。

また、料理好きとしても知られており、日本の音楽誌で料理に関する連載を行ったり、テレビ番組で料理を披露したこともあります。彼の料理への情熱は、音楽への情熱と相通じるものがあると語っています。

歴任した主なポスト

ザールブリュッケン放送交響楽団首席指揮者（1984 - 1989）
フィレンツェ歌劇場首席客演指揮者（1987 - 1992）
パリ・オペラ座（バスティーユ歌劇場）音楽監督（1989 - 1994）
ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団首席指揮者（1997 - 2005）
KBS交響楽団音楽監督（1998 - 1999）
フランス放送フィルハーモニー管弦楽団音楽監督（2000 - 2015）、名誉音楽監督（2015 - ）
東京フィルハーモニー交響楽団スペシャル・アーティスティック・アドヴァイザー（2001 - 2010）、桂冠名誉指揮者（2010 - 2016）、名誉音楽監督（2016 - ）
ソウル・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督（2005 - 2015）
シュターツカペレ・ドレスデン首席客演指揮者（2012 - ）
ミラノ・スカラ座フィルハーモニー管弦楽団名誉指揮者（2023 - ）

代表的な録音

ニールセン：交響曲集
メシアン：トゥーランガリラ交響曲
ベルリオーズ：幻想交響曲
プロコフィエフ：バレエ音楽「ロミオとジュリエット」抜粋
ショスタコーヴィチ：交響曲第4番
ブラームス：交響曲第1番
ヴェルディ：レクイエム
フォーレ：レクイエム
ドヴォルザーク：交響曲第6番 、第8番
ベートーヴェン：交響曲全集
ラヴェル：バレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲
マーラー：交響曲第1番「巨人」
ベートーヴェン：交響曲第3番「英雄」

テレビ出演

BS1スペシャル「必ず よみがえる〜魂のオーケストラ 1年半の闘い〜」（2021年9月15日、NHK BS1）

鄭明勳は、その卓越した音楽性と情熱的な指揮で、世界中の聴衆を魅了し続けています。ピアニストとしての才能に加え、指揮者としての幅広いレパートリーと深い解釈は、彼を現代音楽界の巨匠として位置づけています。

もう一度検索