トクタ

トクタ：ジョチ・ウルスの激動のハン

トクタ（生年不詳 - 1312年）は、ジョチ・ウルスの第9代ハン（在位：1291年 - 1312年）です。モンケ・テムルの五男として生まれ、その治世は内戦の終結と国家の安定化に尽力した一方で、家庭的な不幸や後継者争いに翻弄されるという、波乱に満ちたものでした。

生涯

即位までの道のり

トクタは、第6代ハン・モンケ・テムルの五男として生まれました。母はオルジェイ・ハトゥンで、コンギラト部族の首長サルチダイ・ノヤンの娘です。従兄弟にあたるトレ・ブカがハン位を継承すると、西方の有力者ノガイとの対立が激化。トクタはノガイと同盟を結び、トレ・ブカ一派を討ち破ってハン位に就きました。

『集史』によると、トクタがノガイを頼ったのは、トレ・ブカ兄弟から命を狙われたためとされています。権力闘争が渦巻く状況下で、トクタは生き残りをかけてノガイの支援を必要としたのです。

ウラジーミル大公位を巡る争い

即位前、ペレヤスラヴリ公ドミトリーとゴロジェッツ公アンドレイの兄弟がウラジーミル大公の地位を争っていました。ドミトリーはノガイ、アンドレイはサライのハンから支援を受けており、トクタの即位はルーシの勢力図にも影響を与えました。

トクタは当初ノガイと同じくドミトリーを支持していましたが、ドミトリーがルーシ内で優位を確立しつつある状況を見て、アンドレイ側に与することにしました。1292年、トクタは兄のトデゲンを司令官とする軍隊をウラジーミルに派遣。トデゲンとアンドレイはウラジーミルを占領し、周辺の14の都市を破壊、略奪しました。これは、バトゥの遠征以来、ルーシ諸侯がモンゴルから受けた最大の軍事的制裁となりました。

ノガイとの内戦

即位後、トクタは岳父であるコンギラト部のサルジダイを重用しました。サルジダイはノガイとも縁戚関係にありましたが、信仰の違いから対立。ノガイはトクタにサルジダイの引き渡しを要求しましたが、トクタはこれを拒否しました。また、トクタの元から逃亡した将校の身柄をノガイが保護したことで、両者の関係はさらに悪化し、1297年から1298年にかけて軍事衝突が始まりました。

1299年、トクタはノガイを討ち破り、1301年から1302年にはノガイの末子トライを処刑して、ノガイ一族との内戦を終結させました。これにより、ジョチ・ウルスは再び安定を取り戻すことになります。

内政と外交

トクタ自身はムスリムではありませんでしたが、宗教に対して公平であり、ムスリム学者を信任しました。外交面では、イルハン朝のガザン、オルジェイトゥの即位に対して祝賀の使節を送り、父モンケ・テムル以来の政策を維持しました。

また、カッファのジェノヴァ人と北方の異教徒が自国の児童を誘拐してイスラム諸国に奴隷として転売しているという訴えを聞き入れ、1307年にカッファへ派兵しました。財政面では、1310年に貨幣改革を実行し、ジョチ・ウルス統治下の諸地方で外形・重量・市価の異なる貨幣を統一しました。

家庭的な不幸と後継者争い

トクタは家庭的には不幸であり、2人の子がトクタの統治政策に反対して乱を起こし、国を追われました。トライにそそのかされてトクタに反旗を翻した弟サライ・ブカを処刑、サライ・ブカと共に反乱を起こした兄ブルルクは国外に亡命しました。トクタの死後、甥のウズベクが跡を継ぎましたが、その簒奪を記録する史料は少なくありません。

マムルーク朝の歴史家ドゥクマク、ジャライル朝の史料アル＝アハリー『シャイフ・ウヴァイス史』、ドーソン『モンゴル帝国史』などは、ウズベクがイル・バサルをはじめとするトクタの一族を殺害してハン位に就いたと伝えています。一方、ウズベクの即位に好意的なウテミシュ・ハージーの『ドスト・スルタン史』は、トクタが子のイル・バサルに跡を継がせるためにイル・バサル以外の一族を根絶やしにしようとしたが、イル・バサルが早世したため、粛清から生き延びたウズベクを後継者に指名したと伝えています。

トクタの死後、ジョチ・ウルスはさらなる混乱と変遷を経験することになります。

参考文献

C.M.ドーソン『モンゴル帝国史』 6巻、佐口透訳注、平凡社〈東洋文庫〉、1979年11月。
川口琢司「キプチャク草原とロシア」『岩波講座 世界歴史11―中央ユーラシアの統合』岩波書店、1997年11月。
三浦清美『ロシアの源流―中心なき森と草原から第三のローマへ』講談社〈講談社選書メチエ〉、2003年7月。
赤坂恒明『ジュチ裔諸政権史の研究』風間書房、2005年2月。
* 杉山正明、北川誠一『大モンゴルの時代』中央公論新社〈世界の歴史〉、2008年8月。

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