中銀カプセルタワービル

中銀カプセルタワービル：メタボリズム建築の象徴

中銀カプセルタワービルは、建築家・黒川紀章が設計し、1972年に東京都中央区銀座に竣工した集合住宅です。2本の主柱に140個のカプセル型居住空間を取り付けた特徴的な外観を持ち、世界で初めて実用化されたカプセル建築として知られています。

歴史

依頼の背景

施主は中銀マンシオンの渡辺酉蔵氏。アメリカ旅行でセカンドハウスに触発された渡辺氏は、別荘の大衆化を目指していました。当時、建築運動「メタボリズム」に関心を寄せていた黒川紀章氏は、カプセル建築を通じて建築の概念を再定義しようとしていました。
渡辺氏は、黒川氏が設計した大阪万博の「空中テーマ館」などに感銘を受け、銀座のマンション設計を依頼しました。黒川氏は、この依頼に応え、都心型のセカンドハウスをカプセル建築で実現しようとしました。

設計プロセス

黒川氏のデザインスケッチを基に、事務所スタッフが詳細な設計図を作成。カプセルの寸法は、工場からの輸送限界を考慮して決定されました。構造設計では、松井源吾氏の協力により、カプセルの重量が大幅に削減されました。試行錯誤の末にカプセルの美しい組み合わせ方が確定し、デザインが承認されました。
製造は、海上用コンテナを製造していたアルナ工機がカプセル本体を、内装は大丸装工部が担当。施工は大成建設が担当し、特殊な技術委員会を設けて対応しました。

建設の難航と再開

計画途中で、渡辺氏の心変わりにより建設中止の連絡がありましたが、黒川氏はカプセルタワー内にオフィスフロアを新設する提案を行い、計画は再開されました。建築許可を得るため、都庁や建設省との折衝が行われ、建築の特殊性から階数や床面積の決定、防火認定、防災・避難計画策定など多くの課題をクリアする必要がありました。税金、保険、カプセル取り外し時の所有権など、法律面の課題も存在しました。

建設

工場で作成されたコンクリートパーツ、エレベーター、階段などが現地へ輸送され、1971年11月8日からカプセルの取り付けが開始されました。カプセルは滋賀の工場から順次輸送され、クレーンで吊り上げられてボルトで固定されました。作業員は固定作業に慣れるにつれて時間を短縮し、大成建設は15万5000時間の全行程を無事故で完遂しました。1971年12月24日に最後のカプセルが取り付けられ、1972年4月5日に竣工しました。

入居開始

竣工2日後には住民の入居が開始されました。広告には「ビジネスに遅れをとらない」というキャッチコピーが使われ、大きな反響がありました。年末には100室ほどが売約済となりました。購入者の多くは都内在住の男性会社員で、利用目的は「寝る場所」が最も多く、事務所や休憩室として利用する人もいました。バブル期には投資物件として注目を集めました。

建て替え決議

バブル崩壊後、老朽化が深刻化し、配管の漏水や雨漏りが問題となりました。カプセルを取り外さないと共用部の配管交換ができないため、修繕も困難でした。オーナーの意見がまとまらず管理組合が設立され話し合いが行われたものの、修繕費用は高額になり、老朽化は深刻化していきました。黒川紀章はカプセル交換を主張しましたが、建て替え推進派は建て替えの費用が安いと反論。2007年には建て替えが決議されましたが、リーマンショックの影響で解体業者が倒産し、決議は無効となりました。

訴訟

週刊新潮に掲載されたアスベスト汚染に関する記事に対し、黒川紀章は名誉棄損訴訟を起こしました。記事では、カプセル内のアスベストが飛散している可能性を指摘していました。東京地裁は、記事の内容を事実と認定し、週刊新潮側が勝訴しました。

老朽化と解体

2010年頃に給湯管が破裂し、建物全体の給湯機能が停止しました。住環境は悪化し、建て替えの声が再び高まりました。一方で、2008年に「中銀カプセルタワー応援団」がブログを開設し、メディアから注目を集めました。前田達之氏がカプセルを購入し、「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」を立ち上げ、建物の保全活動が行われることになりました。しかし、2018年に中銀グループが建物と敷地を売却し、2022年4月21日に解体が開始されました。

構造

シャフト

建物の中核となるシャフトは、エレベーター、階段、配管スペースで構成され、メタボリズムにおける人工土地の役割を果たしていました。地下階には電気室と空調室、受水槽が配置され、接続階の6,9,12階はブリッジで接続されていました。各シャフトにはカプセルが接続され、A棟76個、B棟64個でした。

カプセル

カプセルは軽量鉄骨の全溶接トラス箱で、外板はボンデ処理鋼板にリブ補強したパネルの組み合わせです。耐火と断熱のため、アスベストが吹き付けられていました。カプセルとシャフトは別工場で製造され、接合の精度には注意が払われました。カプセルは8種類あり、ドアの位置が異なりました。ジョイント部は軽量コンクリートで覆われていました。

内装

カプセルの広さは10㎡で、オフィス、ホテル、マンションの3タイプがありました。グレードは3種類、色は4種類から選択できました。ベッド、バスルーム、テレビ、冷蔵庫などが標準装備され、オプションも豊富でした。ビジネスマン向けの設計で、厨房設備やリビングルームは不要とされていました。

設計思想

メタボリズム

高度経済成長期の日本で、ミニマムで機能的な住宅が求められる中、黒川は地球の資源は有限であると警鐘を鳴らし、新しい未来像を提示することを目指しました。カプセル建築は、量産化による多様性を目指したものであり、一定期間で変容していくメタボリズムのコンセプトを表現しようとしました。

ホモ・モーベンス

黒川は、移動を繰り返す現代人を「ホモ・モーベンス」と名付け、カプセルを「ホモ・モーベンスのためのすまい」と規定しました。カプセルは、長期休暇にはリゾート地やスキー場へ移動することを想定されていましたが、実現はしませんでした。

評価・影響

中銀カプセルタワービルは、世界初のカプセル建築として、メタボリズムの代表作として世界的に著名でした。建築直後から、はとバスのコースにも組み込まれ、近代建築辞典にも掲載されました。DOCOMOMO JAPANによる日本におけるモダン・ムーブメントの建築にも選定されました。多くの建築家や研究者に影響を与えましたが、実際にはカプセルの交換が行われなかったことから、メタボリズム建築の失敗例とも言われています。しかし、黒川の提起したコンセプトは現代社会においても再評価されています。

保存活動

モデルルーム用のカプセルは、美術館に寄贈され展示されています。保存・再生プロジェクトは、解体時に23基のカプセルを確保し、再利用を進めています。アメリカのサンフランシスコ近代美術館への収蔵や、松竹のイベントスペース「SHUTL」での展示、和歌山県立近代美術館での収蔵など、様々な場所でカプセルが活用されています。また、カプセルを改造したトレーラーや、モニュメントとしての展示も行われています。

カプセルタワーを巡る議論

建築家、評論家からは様々な角度で評価が行われています。メタボリズムを現実の建築として実現した功績を讃えながらも、カプセルの工業的な完成度が高いがゆえに、建築として今ひとつな部分もあるという意見も挙がっています。カプセルを連結していくユニットというコンテクストの延長にあるものの、カプセルが並んでいるだけで関係性が生まれていないのではないかという疑問も提示されています。一方で、様々な方向を向いたカプセルの異なった景色を所有している「ここにいる」という感覚を体験し、ホテル的なカプセルが個人の居住空間足りえる理由に窓と扉を挙げ、インフラとプライバシーが最小構成要素なのではないかという分析もされています。

まとめ

中銀カプセルタワービルは、その革新的なデザインと建築思想で、世界中の人々に影響を与えた建築物です。解体されましたが、今もなお多くの人々によって記憶され、語り継がれています。カプセルは、様々な形で再利用され、その遺産は未来へと受け継がれていくでしょう。

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