亀石

亀石（かめいし）

亀石は、奈良県高市郡明日香村川原の地に佇む、謎に包まれた巨石彫刻です。益田岩船や酒船石といった他の著名な石造物と並び、古代飛鳥の時代を象徴する重要な遺跡の一つとして認識されています。

特徴的な形状とその由来

この石造物は、長さ約3.6メートル、幅約2.1メートル、高さ約1.8メートルという巨大な花崗岩から成り立っています。表面には、その名の通り亀に似た彫刻が施されており、そのユニークでどこか愛嬌のある顔つきから、「亀石」と呼ばれるようになりました。現在では、明日香村を訪れる観光客にとって欠かせない、村のシンボル的な存在となっています。

亀か、それともカエルか？形状に関する様々な見方

「亀石」という通称が一般的ですが、その形状を詳細に観察すると、いくつかの疑問が浮かび上がります。一般的に亀の顔は楕円形で目が横に位置するのに対し、亀石の顔は三角形で目が上部に突き出ているため、「これはむしろカエルではないか？」とする説も存在します。しかし、飛鳥時代に造られた野中寺の旧伽藍跡から発見された塔舎利心礎には、亀石の顔に酷似したレリーフが確認されており、この類似性から、やはり亀を表している可能性が高いと見なされるようになりました。

亀石の加工には興味深い点があります。顔の部分は比較的丁寧に仕上げられている一方、背の部分にはあまり手が加えられていないように見えます。また、石の下腹部の東側半分には、益田岩船にも見られるような格子状の溝が刻まれています。さらに、石の上部が自然な状態であるのに対し、現在の下面は東側が格子状、西側が平坦に加工されていることから、現在見えている下面が本来の上面であり、石が上下逆さまに置かれているのではないか、という説も奈良国立文化財研究所の報告書で提起されたことがあります。ただし、この上下逆説は現在のところ広く支持されているわけではありません。

建造時期と目的を巡る諸説

亀石がいつ、何のために造られたのかは、未だ明らかになっていません。歴史的な記録に乏しいため、様々な説が提唱されていますが、決定的な結論には至っていません。主な説としては、以下のようなものが挙げられます。

川原寺の広大な所領の西南端を示すための標石であったとする説。
古代の土地区画である条里制における境界を示す石であったとする説。
明日香村に近接して存在する猿石と関連し、未完成の猿石であったとする説。
大化3年（647年）に新羅から金春秋王子が外交使節として来日した際、彼らを歓迎するために新羅系の石工に造らせ、周囲で歓迎の舞楽を行ったという説。
仏教が伝来する以前から存在した、土着の民間信仰における崇拝の対象であったとする説。
斉明天皇の時代に、想像上の動物であるグリフォン像を造ろうとしていたが、乙巳の変によって蘇我氏が滅亡したため、加工途中で放棄されたという説。

これらの説はどれも確証に欠け、亀石の真の姿は依然として謎に包まれたままです。

伝説と古代の記憶

亀石には、大和の地に伝わる古い伝説が結びついています。かつて大和盆地全体が広大な湖であった頃、川原に住むナマズと、対岸の当麻（たいま）に棲むヘビとの間で水の所有権を巡る争いがあったと語られています。この争いでヘビが勝利し、湖の水を全て奪い去った結果、湖は干上がり、そこに暮らしていた多くの亀が死んでしまいました。この哀れな出来事を悼んだ村人たちが、死んだ亀を供養するためにこの亀石を造ったと伝えられています。

また、伝説では亀石の向きにも言及しています。当初は北を向いていたが、その後東向きになり、現在は南西の方向を向いているとされます。そして、もし亀石が当麻の方向、すなわち西を向いたときには、大和国一帯が再び泥の海と化すだろう、という不吉な予言も語り継がれています。

興味深いことに、亀石の伝説と関連する可能性のある古代の出来事が科学的な調査で明らかになっています。大和川流域の亀の瀬地すべり地区で行われた調査により、古代に大規模な地すべりが発生し、大和川が堰き止められた結果、同地区よりかなり上流まで湖のような状態が一時的に形成されていたことが判明しているのです。これは、大和盆地がかつて湖であったという伝説に、何らかの史実が反映されている可能性を示唆しています。

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