井上道義

井上道義：多岐にわたる才能と情熱で彩られた音楽人生

井上道義氏は、1946年東京生まれの指揮者、ピアニスト、そして作曲家として、日本の音楽界に多大なる貢献を果たしてきた人物です。洗練された演奏技術と幅広いレパートリー、そして類まれな音楽的洞察力は、国内外の聴衆を魅了し続けています。

幼少期から音楽に親しみ、成城学園で研鑽を積んだ井上氏は、室井摩耶子氏や山岡優子氏に師事しピアノを学びました。さらに、益田隆氏をはじめとするバレエの師事経験も、彼の表現力豊かな音楽性に深みを与えています。桐朋学園大学では、巨匠齋藤秀雄氏に師事し指揮法を学び、その才能を開花させました。

彼の指揮者としてのキャリアは華々しく、数々の著名なオーケストラとの共演を果たしています。とりわけ、オーケストラ・アンサンブル金沢の音楽監督（2007年-2018年）と大阪フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者（2014年-2017年）としての功績は目覚ましく、両楽団の芸術水準向上に大きく貢献しました。 オーケストラ・アンサンブル金沢においては、ラ・フォル・ジュルネ金沢など、数々の革新的な企画を推進し、地域社会へのクラシック音楽の普及にも尽力しました。北陸朝日放送の音楽番組「アン・ディー・ムジーク」の監修も334週にわたって行い、クラシック音楽の日常化に貢献しました。

井上氏は、古典から現代音楽まで幅広いレパートリーを擁し、他の指揮者があまり取り上げない近現代作品にも積極的に取り組むことで知られています。コルンゴルトの歌劇「死の都」の日本初演（コンサートオペラ形式）はその好例であり、彼の音楽に対する探究心と挑戦的な姿勢を示すものです。マーラーやショスタコーヴィチといった巨匠の作品の解釈においても高い評価を得ており、特に2007年には日比谷公会堂でショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏会を開催するなど、大規模なプロジェクトにも果敢に挑戦しています。

指揮活動と並行して、オペラの演出にも携わっており、近年ではバルトークの「青髭公の城」における名演出が話題となりました。オペラ「イリス」の演出では、2009年に三菱UFJ信託銀行文化財団賞を受賞するなど、その才能は多方面から高く評価されています。近年では、オーケストラ作品作曲にも挑戦するなど、ますますその活動の幅を広げ続けています。シカゴ交響楽団、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、フランス国立管弦楽団など、世界的なオーケストラを指揮した経験も持ち、国際的な舞台でも活躍しています。

2014年には咽頭がんと診断され、一時活動を休止しましたが、懸命な治療と復帰への強い意志によって見事に克服し、音楽活動に復帰しました。そして現在も精力的に演奏活動を続け、2024年の引退を目前に、最後の舞台となるオペラ「ラ・ボエーム」の全国公演が予定されています。

井上道義氏のキャリアは、数々の受賞歴にも裏付けられています。ラ・スカラ主催グィード・カンテッリ指揮者コンクール優勝（1971年）、大阪ザ・シンフォニーホール国際音楽賞クリスタル賞（1990年）、中島健蔵音楽賞（1991年）、フランス政府芸術文化勲章「シェヴァリエ」（1998年）、三菱UFJ信託銀行音楽賞奨励賞（2009年）、平成22年京都市文化功労賞、社団法人企業メセナ協議会 音もてなし賞（2010年）、渡邉暁雄音楽基金特別賞、東燃ゼネラル音楽賞（2016年）、そして2023年のサントリー音楽賞など、その功績は広く認められています。

彼の活動は、単なる演奏活動にとどまりません。後進の育成や、クラシック音楽の普及・啓蒙にも熱意をもって取り組んできました。その多岐にわたる才能と情熱、そして音楽への深い愛情こそが、井上道義氏の音楽人生を彩り、多くの人々に感動を与え続けているのです。彼の今後の活動、そして引退後の動向にも注目が集まります。

家族: 妻はホールMUSICASA主宰の黒田珠世氏。

関連書籍: 『降福からの道 欲張り指揮者のエッセイ集』（2023年2月／三修社）

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