山岸一雄

山岸一雄（やまぎしかずお）

1934年（昭和9年）4月28日に長野県中野市で生を受け、2015年（平成27年）4月1日にその生涯を閉じた山岸一雄は、日本の料理人であり実業家です。特に、東京都豊島区東池袋に構えた自身のラーメン店「東池袋大勝軒」の創業者として知られています。

山岸氏の最大の功績の一つは、今日の日本で広く親しまれている「つけ麺」の普及に多大な貢献をしたことです。彼はしばしば「つけ麺の元祖」「つけ麺の生みの親」と称され、さらにはその偉大さから「ラーメンの神様」という尊称でも呼ばれ、多くの人々に愛されました。同業者からの尊敬も厚く、「支那そばや」創業者の佐野実氏は、山岸氏をラーメンの世界で唯一尊敬する人物だと公言していました。

生い立ちとラーメンへの道

長野県で生まれた山岸少年は、父親の仕事の関係で神奈川県横須賀市へ移り住みます。7歳の時に太平洋戦争で父を亡くし、母と共に長野県の実家に戻り、下高井郡山ノ内町へ転居しました。軍人であった父の影響から、かつては自身も海軍軍人になることを夢見ていましたが、終戦によりその道は閉ざされます。代わりに、一日も早く東京に出て働き、家族を支えたいという思いを強くしました。

1950年（昭和25年）、中学校を卒業した山岸氏は上京し、当初は印刷機の部品工場で旋盤工として働いていました。しかし、上京から約一年が過ぎた頃、親の従兄弟であり、自身が「兄貴」と慕っていた坂口正安氏の誘いを受け、1951年（昭和26年）4月に共にラーメンの世界へと足を踏み入れます。二人は修行店で腕を磨いた後、坂口氏が独立する際に同行し、共に『大勝軒』（中野店）を立ち上げました。この店名は「大きく軒並みに勝る」という言葉に由来するといいます。後に坂口氏が代々木上原に本店を構えたことで、山岸氏は中野店の店長を任されることになりました。

つけ麺の誕生

山岸氏が中野大勝軒の店長を務めていた頃、修行時代から店内で親しまれていた賄い料理がありました。それは、余った麺を湯呑み茶碗に入れたスープと醤油に浸して食べるという簡素なものでした。この賄いが常連客の目に留まり、「今度俺にも食わせてよ」と関心を示されたことが、つけ麺誕生の決定的な転機となります。山岸氏は常連客の声に応えるべく、この賄いを基に試行錯誤を重ねて改良を加え、新たな一品として完成させました。常連客による試食での評判も良く、1955年には「特製もりそば」としてメニューに登場します。これが商品化されたつけ麺の最初の形とされ、山岸一雄氏こそがその考案者であるとされています。

東池袋大勝軒の創業と苦難、そして復活

1961年（昭和36年）6月6日、山岸氏は中野大勝軒から独立し、『東池袋大勝軒』を創業します（暖簾分け）。「特製もりそば」を中心に、この店は瞬く間に人気を博しました。しかし、開業当初から猛烈な働きぶりだった山岸氏は、二十代後半から下肢静脈瘤を患います。40歳頃には痛みが耐え難いものとなり手術を受けるなど治療をしましたが、この病気は彼のキャリアに長く影響を及ぼしました。

私生活では、独立創業の前年である1960年（昭和35年）に結婚しています。しかし、1986年（昭和61年）夏に妻が病に倒れ、同年9月30日に52歳で先立たれるという悲劇に見舞われます。深い悲しみから同年8月から7ヶ月間店を休業しますが、多くの常連客からの強い要望に応え、再び厨房に立つことを決意します。この頃から、山岸氏は後進の育成に力を入れるようになり、およそ100人もの弟子を育て、多くの暖簾分け店舗を生み出しました。

2005年には病状が悪化し、長年立ち続けた厨房に立つことが困難になります。さらに、東池袋駅周辺の再開発計画も進み、2007年 3月20日をもって惜しまれつつ旧店舗は閉店しました。

しかし、山岸氏の味は途絶えませんでした。2008年 1月5日、旧店舗から程近い場所に『東池袋大勝軒本店』として移転オープンし、「復活」を遂げます。山岸氏自身が指名した二代目店主、飯野敏彦氏が采配を振るう中、山岸氏もスープの味見や最終調整のために厨房に顔を出すことがありました。新装開店の日には開店前から長蛇の列ができ、用意された400食はわずか6時間ほどで完売するほどの盛況ぶりでした。なお、本店オープン準備中の2007年9月には脳出血で入院していたことを、開店前日のイベントで明かしています。

晩年には、2011年9月に「山岸一雄製麺所」という新たなチェーンも立ち上がりましたが、これは弟子の田代浩二氏が経営・プロデュースするもので、山岸氏本人は名義を貸す形であり直接は関わっていませんでした。

逝去と後世への影響

2015年（平成27年）4月1日、山岸一雄氏は心不全のため東京都内の病院で安らかに息を引き取りました。80歳でした（享年82）。彼の訃報は多くの人々に悲しみをもたらしました。通夜と告別式は護国寺で執り行われ、ラーメン評論家やタレント、常連客、そして彼が育てた多くの弟子たちなど、数百人が参列し最後の別れを告げました。

料理人としての厳格さの一方で、温厚で弟子や客に分け隔てなく接する人柄でも知られていました。趣味は音楽鑑賞で、特にジャズを好み、オーディオ機器にも凝っていた時期があったといいます。その生涯は、2013年には映画『ラーメンより大切なもの〜東池袋大勝軒50年の秘密〜』として公開され、多くの感動を呼びました。著書に『これが俺の味』があります。

山岸一雄氏が考案し、広めた「つけ麺」は、今や日本のラーメン文化に欠かせない一つのジャンルとして確立されています。彼の情熱、努力、そして多くの弟子を育てた功績は、日本の食文化史において永遠に語り継がれるでしょう。

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