岩波ホール

岩波ホール：ミニシアターの先駆け、その歴史と功績

岩波ホールは、東京都千代田区神田神保町に位置する岩波神保町ビル内にあった映画館でした。北緯35度41分44.5秒、東経139度45分27.8秒に位置し、192席の座席数を有していました。ミニシアターの草分け的存在として、長年にわたり映画ファンに愛されてきましたが、2022年7月29日に惜しまれつつ閉館しました。

特色：質の高い映画を発掘・紹介

岩波ホールの特筆すべき点は、その上映作品の選定基準にありました。開館当初は多目的ホールとして利用されていましたが、映画産業の衰退を背景に、川喜多かしこと高野悦子の尽力により、文化的に質の高い映画を上映する映画館へと転換しました。特に「エキプ・ド・シネマ運動」を通じて、大手配給会社が扱わないアジア、アフリカ、中南米などの名作や、欧米の隠れた傑作を積極的に紹介しました。

また、女性映画監督の作品も積極的に取り上げたことも特徴の一つです。総支配人の高野悦子は、東京国際映画祭の国際女性映画祭運営にも携わり、女性監督の才能を世に送り出すことに貢献しました。

岩波ホールは、日本で初めて各回完全入れ替え制定員制を実施し、会員制度を導入しました。また、外国映画上映時には、日本語字幕を読めない未就学児の入場を制限するなど、作品の質を重視する姿勢を明確にしていました。

歴史：文化発信の拠点として

岩波ホールの設立は、岩波書店創業者の岩波茂雄が山本安英に劇場を作る約束をしていたものの、太平洋戦争で実現できなかったことが背景にあります。その遺志を継ぎ、岩波書店の社長であった岩波雄二郎が、1968年2月9日に芸術性の高い文化活動のための多目的ホールとして開館しました。

1974年2月12日からはエキプ・ド・シネマ運動が開始され、映画館としての性格を強めていきました。1980年には、日本初となるポルトガル映画を上映するなど、常に新しい映画文化を日本に紹介する役割を担いました。

2013年に高野悦子が亡くなった後も、その意志は受け継がれ、2018年には創立50周年を迎えました。同年には川喜多賞を受賞し、その功績が改めて評価されました。

2019年には、ジョージアのサロメ・ズラビシュヴィリ大統領が訪問するなど、国際的な注目も集めました。2021年には改装工事を行い、耐震性の強化やスクリーンの新調などを行いましたが、2022年1月、新型コロナウイルス感染症の影響による経営悪化のため、同年7月29日をもって閉館することが発表されました。

最終上映作品は、ヴェルナー・ヘルツォーク監督の『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』でした。閉館当日には多くの映画ファンが訪れ、最後の舞台挨拶では支配人の岩波律子への感謝と別れを惜しむ拍手が送られました。

エキプ・ド・シネマ：映画の多様性を求めて

エキプ・ド・シネマとは、フランス語で「映画の仲間」という意味です。商業ベースに乗りにくい名作を上映することを目的とし、以下の4つの目標を掲げていました。

1. 日本では上映されることの少ない、アジア・アフリカ・中南米など欧米以外の国々の名作の紹介
2. 欧米の映画であっても、大手興行会社が取り上げない名作の上映
3. 映画史上の名作であっても、何らかの理由で日本で上映されなかったもの、またはカットされ不完全な形で上映されたもの
4. 日本映画の名作を世に出す手伝い

エキプ・ド・シネマは、1974年の発足から閉館まで、66の国と地域から計274作品を上映し、映画の多様性を追求し続けました。

岩波ホールは閉館しましたが、その精神は、国立映画アーカイブ図書室や各地の図書館・資料館に収蔵される資料を通じて、未来へと受け継がれていくことでしょう。

もう一度検索