慶長丁銀

慶長丁銀とは

慶長丁銀は、江戸時代初期の慶長6年（1601年）に鋳造が開始された丁銀の一種です。この丁銀と慶長豆板銀を合わせて慶長銀と呼ばれます。さらに、慶長大判、慶長小判、慶長一分判と合わせて慶長金銀とも称されます。慶長銀をはじめとする江戸時代前半の銀貨は、秤量貨幣として扱われ、取引の際には重さを量って使用されました。

慶長丁銀の特徴

慶長丁銀の表面には、大黒像、「常是」、「寳」の極印が複数箇所に打たれています。特に大黒像がやや斜めを向いている点が特徴で、正面を向いている正徳丁銀と区別するポイントになります。また、「是」の文字の最終2画の足が長いのも特徴の一つです。12面の大黒像が打たれた十二面大黒丁銀は、幕府への上納用や祝儀用に使われたと考えられています。

初期の慶長丁銀は、古丁銀の形状に近く、薄手で極印の数も多く、形状も多様で、素朴な作りで文字も小さいものでした。後期になると、上下に大黒印2箇所、両脇に6箇所、計8箇所の極印が打たれるようになり、元禄丁銀に近い形式になりました。ただし、その中間的なものも存在し、鋳造時期の正確な区別は難しいとされています。

慶長時代は銀の産出が盛んで、各地の銀山から銀座へ年間約16,000貫もの銀が納められていました。しかし、寛永年間頃から国内の銀産出量が減少し、元禄7年（1694年）には銀座に納入された公儀灰吹銀が約1,973貫、買灰吹銀が約3,297貫と、合計約5,090貫にまで減少しました。明暦3年（1657年）の明暦の大火後の鋳造量は、全体の1/10以下にまで落ち込んでいます。形式が規格化された後期の方が現存数が少ないことから、産銀量の減少と整合性が取れます。

慶長丁銀の歴史

慶長6年（1601年）、徳川家康は、後藤庄右衛門と豪商末吉勘兵衛の建議を受け、堺の湯浅作兵衛に大黒常是と名乗らせ、常是を長とする銀座を伏見に設立し、慶長丁銀の鋳造を開始しました。

慶長丁銀の発行に先立ち、南鐐座の職人らが作成した菊一文字印銀、夷一文字印銀、括袴丁銀が家康に上覧され、大黒像の極印が打たれた括袴丁銀が選定され、慶長丁銀の原型となりました。また、大黒像、「常是」、「寳」に加え、沢瀉紋の極印が打たれた澤瀉丁銀は、初期の試鋳貨幣と考えられています。これらの説には異論も存在し、慶長3年（1598年）には湯浅作兵衛が家康に召し出され大黒常是の姓を与えられたという説がありますが、その信憑性は定かではありません。

慶長丁銀は、銀に銅を加えた合金を鋳造した平たい「なまこ」型の銀塊に、極印を打って作られました。量目は約160グラム（43匁）を基準としましたが、実際には20匁から60匁を超えるものまであり、不定であったため、取引には天秤で重さを量って使用する必要がありました。

秤量銀貨の通貨単位は、安土桃山時代以前は銀拾両（43匁）を銀一枚とする単位を用いていましたが、江戸時代には貫、匁の表記が主流となりました。秤量銀貨は主に商人の通貨として使われ、商品取引相場は銀建てが一般的でした。取引の度に秤量する手間を省くため、銀座や両替商は、銀一枚（43匁）や500匁ごとにまとめ、和紙で包んで封印した「包銀」の形で取引に使用していました。

丁銀と豆板銀は、大坂を中心とする西日本で広く流通していました。これは、徳川家康が通貨統一を進めるにあたり、以前から秤量銀貨が大坂を中心に商人によって広く使用されていた実情を踏まえ、この形態をそのまま継承したものでした。また、西日本には多くの銀山が存在し、大坂銅吹屋における灰吹銀の供給も潤沢であったことも、秤量銀貨が受け入れられた要因の一つです。

幕府は、金一両と銀との交換レートを定めましたが、銀の産出量の増加に伴い、銀相場は下落しました。幕府は、慶長銀による秤量銀貨の統一を目指しましたが、海外流出により地方には十分に浸透せず、通貨統一は元禄銀の登場を待つことになりました。

17世紀前半には、灰吹銀が大量に輸出され、その輸出高は年間200トンにも達したと推定されています。幕府は、慶長丁銀での決済を定めましたが、不正な灰吹銀の密輸出が横行しました。新井白石らの推定によれば、慶長6年（1601年）から宝永5年（1708年）までに国外に流出した丁銀と灰吹銀は、約1,122,687貫にも及んだとされています。

元禄の吹替え後、幕府は慶長銀の通用を停止しようとしましたが、引替が進まず、正徳4年（1714年）に慶長銀と同品位の正徳銀が鋳造された際、再び流通しました。慶長銀と正徳銀の割増通用は、元文3年（1738年）に停止されました。

慶長豆板銀

慶長初期の丁銀は切断して使用されていましたが、幕府はそれを防ぐため、元和6年（1620年）頃から、丁銀と同品位の豆板銀を鋳造し始めました。豆板銀は、小額取引や量目調整用に使用され、丁銀を補助する役割を果たしました。慶長豆板銀にも、丁銀と同様に大黒像や「常是」、「寳」の極印が打たれています。

慶長銀の品位

慶長銀の規定品位は、銀80%、銅20%です。江戸時代の貨幣の金銀含有率は、極秘事項とされていましたが、両替商は密かに分析を行い、銀の品位を判断していました。

銀品位の表示は、銀座における銀地金と慶長丁銀の引替え比率で表示されました。例えば、純銀とされた灰吹銀は「一割入レ」と呼ばれ、慶長丁銀の1.1倍で買い取られました。一方、慶長丁銀と同品位の銀は「一割二分引ケ」と呼ばれ、0.88倍の量目の慶長丁銀で買い取られました。

明治時代に造幣局が行った分析では、慶長銀の含有率は金0.20%、銀79.19%、雑20.61%（ほとんどが銅）であることが判明しています。

慶長銀の鋳造量

慶長期の貨幣は、金銀細工師が自己責任で地金を入手し、加工した上で、金座や銀座に納め、極印が打たれて発行されました。明暦の大火により記録が焼失したため、正確な鋳造量は不明です。しかし、新井白石らの推定によれば、丁銀と豆板銀の合計で約120万貫（約4,480トン）とされています。

『月堂見聞集』では35万貫余（約1,300トン）とされていますが、海外流出高から考えると過小評価と考えられています。明暦の大火以降には、約103,484貫（約386トン）の丁銀が鋳造されました。銀座は、丁銀の鋳造高の3%を分一銀として収入とし、残りを幕府に上納しました。

これらの歴史的な背景から、慶長丁銀は単なる貨幣としての価値だけでなく、当時の経済や社会情勢を反映する重要な資料と言えます。

もう一度検索