海の絵

エドワード・エルガー：連作歌曲集『海の絵』作品37

『海の絵』（Sea Pictures）作品37は、英国を代表する作曲家エドワード・エルガーによって生み出された、メゾソプラノ（あるいはコントラルト）独唱とオーケストラのための連作歌曲集です。エルガーが作曲した声楽作品の中でも、管弦楽伴奏形式の連作歌曲としては本作が唯一であり、その点で特筆されるべき作品と言えます。

作曲の背景と初演

この作品が生まれたのは、エルガーが作曲家として大きな飛躍を遂げた時期です。1899年6月、エルガーの代表作の一つである管弦楽のための『エニグマ変奏曲』が初演で大成功を収め、彼の名は広く知られるようになりました。その名声の高まりの中で迎えた夏、エルガーは妻キャロライン・アリスと共に、故郷に近いモールヴァン丘陵地方のストリッジにあるバーチウッド荘で静かな休暇を過ごしました。この穏やかな環境の中で、同年7月に『海の絵』は作曲され、完成に至ります。

作品は作曲から間もない1899年10月5日、ノリッジで開催されたフェスティヴァルで初演されました。独唱は当時高名なコントラルト歌手であったクララ・バットが務め、オーケストラの指揮は作曲者自身であるエルガーが行いました。この初演は好評を博し、作品は聴衆に温かく迎え入れられました。

作品の特徴と位置づけ

『海の絵』は、前述の通りエルガーが手掛けた唯一の管弦楽伴奏による連作歌曲です。この形式の作品が少ないエルガーにとって、本作は声楽作品における重要な試みであり、その後の作品にも影響を与えたと考えられます。特にイギリスにおいては、メゾソプラノやコントラルト歌手にとって欠かせない重要なレパートリーの一つとして、今日まで頻繁に演奏され、深く愛され続けています。

異なる詩人による海をテーマにした五つの詩に音楽が付けられており、それぞれの詩が描く海辺や海上、あるいは海の底といった様々な情景や、それにまつわる感情が、エルガーならではの豊かな管弦楽法と情感あふれる旋律によって表現されています。独唱声部とオーケストラが密接に絡み合い、壮大で色彩豊かな音響世界を創り出しています。

楽器編成

この作品の演奏には、比較的規模の大きなオーケストラが用いられます。独唱声部と共に、海の様々な表情を描き出す重要な役割を担っています。楽器編成は以下の通りです。

木管楽器：フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2
金管楽器：ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ1
打楽器：ティンパニ、タムタム、大太鼓、シンバル
その他：ハープ、オルガン（任意）、弦楽五部（ヴァイオリン第一部、ヴァイオリン第二部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）
* 独唱：メゾソプラノまたはコントラルト

オルガンは、楽曲の特定の箇所で任意に使用されることが認められており、演奏によっては用いられない場合もあります。

構成と各曲

本作品は、五つの楽章からなる連作歌曲として構成されており、全曲を通しての演奏時間は約20分です。それぞれの楽章は独立した詩に付曲されていますが、全体として海を主題とした一つの大きなまとまりを形成しています。

1. 第1曲：海の眠りの歌（Sea Slumber Song）
ローデン・ノーエルが作詞した詩に基づく楽曲です。静かで穏やかな、そしてどこか神秘的な海の情景が描かれます。
2. 第2曲：港にて（カプリ）（In Haven (Capri)）
この曲の詩は、エルガー自身の妻であるキャロライン・アリスによるものです。「Haven」という言葉は、「港」という意味だけでなく、「安息の地」や「避難所」といった多様な意味合いを含んでおり、詩に深みを与えています。
3. 第3曲：海上での安息日の朝（Sabbath Morning at Sea）
詩は著名な詩人ロバート・ブラウニングの妻であるエリザベス・バレット・ブラウニングによって書かれました。広大な海上の静かな安息日の朝の雰囲気を描写した楽曲です。
4. 第4曲：珊瑚礁のあるところ（Where Corals Lie）
リチャード・ガーネットの詩を用いた第四曲。海底に広がる幻想的な珊瑚礁の世界を音楽で表現しています。
5. 第5曲：泳ぐ人（The Swimmer）
最終曲は、アダム・リンゼイ・ゴードンの詩に基づいています。力強く海原を泳ぐ人間の姿を描き出し、連作歌曲集をダイナミックに締めくくります。

これらの五つの楽曲は、それぞれ異なる海の側面を捉えつつも、エルガーの統一された音楽語法によって結びつけられ、聴く者に海という自然の雄大さと多様性を感じさせる豊かな音楽体験をもたらします。

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