焔摩天

焔摩天：密教曼荼羅における死と冥界の守護神

焔摩天は、インド神話の死と冥界を司る神、ヤマが仏教に取り入れられた存在です。密教では、八方天や十二天の一尊として信仰され、特に南方を守護する神として位置づけられています。本稿では、密教曼荼羅における焔摩天像を中心に解説します。

曼荼羅における焔摩天像の基底

曼荼羅における焔摩天像は、『大日経』とその注釈書『大日経疏』に基づいています。これらによると、焔摩天は半月形の風壇の中心に描かれ、二柱の妃である黒暗后と死后を従えています。その周囲には七母天と、七母天の眷属である婆栖鳥、烏、鷲、狐が取り囲むとされています。この基本的な構成は、様々な曼荼羅において、多少の変化を加えられながら継承されています。

胎蔵曼荼羅における焔摩天

胎蔵曼荼羅では、焔摩天は外金剛院の南方区画に配置されています。穏やかな表情で水牛に乗り、片手には人頭幢と呼ばれる、人の顔のついた杖を持っています。傍らには黒暗后が付き従い、太山府君、荼枳尼衆、鬼衆、成就仙衆、七母天といった多くの眷属に囲まれています。この温和な姿は、死を司る神としての厳しさよりも、慈悲深い側面を強調していると言えるでしょう。

焔摩天曼荼羅：独立した信仰と修法

焔摩天曼荼羅は、焔摩天を本尊とする、独立した曼荼羅です。除病、息災、延寿、安産といった祈願、特に追善供養（冥道供）のための修法に用いられます。『覚禅抄』によると、この曼荼羅は二重の方形構造を持ち、内院には白水牛に乗った焔摩天と二柱の妃が描かれ、外院には太山府君、荼枳尼、遮文荼、成就仙、昆那夜迦（聖天）、五道大神、司命、司録といった、インドや中国に由来する死に関わる神々が配されています。これらの神々は、焔摩天の眷属として、死後の世界における様々な役割を担っていると考えられます。

天台宗の十九位曼荼羅

天台宗には、『大日経』とは異なる系統の「十九位曼荼羅」が存在します。この曼荼羅において、焔摩天は十九尊の一尊として描かれますが、その配祀は『大日経』系とは大きく異なります。焔摩天の妃以外は女神を配さず、周囲には梵天、帝釈天、四天王に加え、道教の神々が配置されています。この違いは、それぞれの宗派における信仰体系の違いを反映していると言えるでしょう。

焔摩天の図像表現

中国風の官服をまとい、忿怒の表情を浮かべた閻魔大王像が多く作られてきたのに対し、焔摩天の図像はそれほど多くありません。多くは、十二天図や曼荼羅の一部として描かれています。真言宗系の曼荼羅では、インド風の服装を身につけ、穏やかな表情をしていることが多いです。これは、胎蔵曼荼羅における温和な表現と共通しており、死を司る神としての側面よりも、慈悲深い側面を強調した表現と言えるでしょう。

まとめ

密教曼荼羅における焔摩天は、インド神話のヤマ神を起源としつつ、仏教的な解釈を加えられて、独自の信仰対象として確立されました。胎蔵曼荼羅における穏やかな姿、焔摩天曼荼羅における様々な眷属との関係、そして天台宗の十九位曼荼羅における独自の位置づけなど、その表現は多様性に富んでいます。これらの違いは、それぞれの曼荼羅の目的や、信仰する宗派の思想を反映していると言えるでしょう。今後の研究においては、各曼荼羅における焔摩天像の細部や、その変遷を詳細に分析することで、密教における死生観や信仰体系の理解を深めることが期待されます。

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