魂の叫び

『魂の叫び』（Rattle and Hum）

アイルランドが誇るロックバンド、U2が1988年に世に送り出した『魂の叫び』は、同名のアルバムとドキュメンタリー映画を指します。このタイトルは、「ガラガラ」「ブンブン」といった音を表す言葉を重ねたもので、作品全体が持つ騒がしい、あるいは力強いエネルギーを示唆しています。

映画『U2/魂の叫び』

映画『U2/魂の叫び』は、バンドの歴史的な成功を収めた「ヨシュア・トゥリー・ツアー」の模様を中心に据えたライブ・ドキュメンタリーです。1988年に日本を含む各地で劇場公開されました。当初、マーティン・スコセッシといった著名な監督も候補に挙がった企画でしたが、最終的には当時まだ無名だったフィル・ジョアノーがメガホンを取りました。

ジョアノー監督はツアーに密着し、精力的に撮影を敢行しました。映画の前半では、レコーディング風景やメンバーへのインタビューがモノクロ映像で描かれ、バンドの内面に迫ろうとします。対照的に、後半はカラー映像となり、『ヨシュア・トゥリー』の大ヒットで勢いに乗るU2の迫力あるライブパフォーマンスが鮮やかに映し出されます。

しかし、当時のU2はメディアの批判に非常に敏感になっており、その影響か、作品はメンバーの素顔に深く切り込むよりも、どこかポートレイトのような印象を与えるものとなりました。結果として、映画は興行面では期待されたほどの成功を収めることはありませんでした。

アルバム『魂の叫び』

アルバム『魂の叫び』は、映画のサウンドトラックという側面を持ちつつも、映画で使用されたものとは異なるバージョンや、全く新しい楽曲も多数収録されており、単体のアートワークとしても成り立っています。新曲9曲に加え、ライブ音源6曲、そして他のアーティストによる音源2曲を含む構成で、当時のLP時代は2枚組としてリリースされました。

当初のタイトル候補に『U2 in America』があったことからもわかるように、このアルバムは前作『ヨシュア・トゥリー』で片鱗を見せたアメリカン・ロックへの傾倒をさらに深めた作品となっています。音楽史の先達への深い敬意が込められており、ビートルズの「ヘルター・スケルター」やボブ・ディランの「見張塔からずっと」といった楽曲のカバー、ビリー・ホリデイへのトリビュートソング「エンジェル・オブ・ハーレム」、ジョン・レノンの「ゴッド」への応答となる「ゴッド・パートII」、さらにはジミ・ヘンドリックスの演奏音源の収録など、その試みは多岐にわたります。

制作面では、B.B.キングとの共演（「ラヴ・カムズ・トゥ・タウン」）、ボブ・ディランとの共作・演奏参加（「ホークムーン269」「ラヴ・レスキュー・ミー」）、ヴァン・ダイク・パークスによるストリングス編曲（「オール・アイ・ウォント・イズ・ユー」）など、豪華なゲストミュージシャンが多数参加しました。また、ブルース発祥の地とされるメンフィスのサン・スタジオでのレコーディングも行われ、彼らのルーツ音楽への探求が具現化されています。

しかし、こうした露骨ともいえる先達へのオマージュやアメリカ音楽への接近は、一部の批評家から「偉大なミュージシャンの仲間入りを企んでいる」といった厳しい批判を浴びることになります。また、バンドメンバー自身も、ドラマーのラリー・マレン・ジュニアが語ったように、「僕たちが望んだように他の音楽を自分たちのものにできないことに気づいていた」「僕たちの出自とは何の関係もなかった」「違う世界から来た人間だった」といった認識を持っており、この音楽的方向性に対する限界を感じ始めていたようです。

結果として、フォークミュージックから詩の重要性を、ブルースからグルーヴ感を吸収したこのアルバムは、U2にとってルーツ・ミュージックへの接近を総括する作品となりました。そして、彼らはこの経験を経て、次作『アクトン・ベイビー』でサウンドを大胆に変化させる、新たな音楽的旅路へと踏み出すことになります。

アルバムのジャケット写真は、楽曲「ブレット・ザ・ブルー・スカイ」演奏時のボノを捉えたものですが、これは映画からのスクリーンショットではなく、長年のパートナーである写真家アントン・コービンが撮影したものです。また、ジャケットのデザインは、映画を配給したパラマウントが手配したDZNというグループが担当しており、U2のアルバムとしては珍しく、スティーブ・アブリルが関わっていない作品となりました。

主な収録曲とエピソード

アルバムには、ライブならではの荒々しいエネルギーを放つ「ヘルター・スケルター」、エッジがメインボーカルを務めた「ヴァン・ディマンズ・ランド」、グラミー賞を受賞した力強いロックナンバー「ディザイアー」などが収録されています。「ホークムーン269」は、ボノがツアー中に立ち寄った地名に由来し、ボブ・ディランがオルガンで参加していますが、ライブでの演奏回数は少ない楽曲です。

ブルースへの傾倒を示す楽曲としては、「シルヴァー・アンド・ゴールド」があります。この曲は、ボノがスティーブン・ヴァン・ザントの反アパルトヘイトプロジェクトに参加した際に、ミック・ジャガーやキース・リチャーズと交流した経験から生まれました。自身のブルースに対する無知を痛感したボノが、その興奮から一気に書き上げたものです。黒人政治犯の視点から、金権主義を批判する内容を含んでおり、アイルランドの詩や公民権運動のスピーチの一節が引用されています。この曲のライブ演奏時、ボノがエッジに「ブルースを演奏しよう」と促す場面は、後に一部から批判の的となりました。

ボブ・ディランとの共作「ラヴ・レスキュー・ミー」は、ボノの夢にディランが現れたことがきっかけで生まれました。当初はディランがリードボーカルを務める案もありましたが、権利上の問題で見送られ、ディランはバックコーラスに回りました。また、「ハートランド」は、『ヨシュア・トゥリー』のセッションから生まれた楽曲で、ボノとアダムがアメリカを旅した経験が歌詞に反映されていますが、ライブでは一度も演奏されていません。

「ゴッド・パートII」は、ジョン・レノンに関する暴露本への応答として書かれた曲で、物議を醸した著者アルパート・ゴールドマンを批判する内容が含まれています。カナダのシンガーソングライター、カルロス・コックバーンの歌詞も引用されています。

ジミ・ヘンドリックスによる「星条旗よ永遠なれ」の演奏や、ツアーのハイライトである「ブレット・ザ・ブルー・スカイ」「アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー（終りなき旅）」「プライド」といったライブ音源も、作品に熱狂的なエネルギーを与えています。特に「オール・アイ・ウォント・イズ・ユー」は、感動的なアルバムのクロージングトラックとなっています。

評価

『魂の叫び』は、リリース当時、国内外の音楽メディアで年間ベストアルバムに選出されるなど、高い評価を受けました。ホットプレス誌やサウンズ誌、NME、Qマガジンなどで取り上げられています。また、そのライブパフォーマンスの記録としての価値から、後年にはギネスのオールタイムライブアルバムリストにもランクインしています。一部批評家からの批判はあったものの、U2のキャリアにおいて、アメリカ音楽の吸収と消化、そしてその後の音楽性変化への重要な橋渡しとなった、意義深い作品として記憶されています。

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