おはしょり
女性が長着を着用する際、着物の裾丈を自身の身長に合わせて調整するために、腰の部分で生地を内側に折り上げ、帯の下に出す折り返し部分、またはその着付け方を指します。この名称は「お端折」とも書き、動詞「端折る」の語源となりました。現代では、おはしょりの幅（帯の下端からおはしょりの下端までの長さ）は人差し指の長さほどにあたる約2寸が目安とされ、シワなく水平に整えるのが良いとされています。
一方、身長に合わせた着丈で仕立て、おはしょりを作らない着付け方を「対丈（ついたけ、つったけ）」と呼びます。
江戸時代の初期まで、男女ともに長着におはしょりという概念はありませんでした。しかし、当時の日本の衣服は基本的に膝下あたりまでの丈があり、動きやすさを確保するためには、しばしば裾を持ち上げる必要がありました。着物の前をつまんで持ち上げる所作は「褄取（つまどり）」と呼ばれ、古くは『日本書紀』にも記述が見られます。
平安時代の小袖や袿は、現代の振袖のように裾を引きずる長さでしたが、旅行など外出時には「壺装束」として、着物を腰のあたりでたくし上げ、紐で固定する着方がありました。これを「壺折」といい、おはしょりの原型と言えるでしょう。
江戸時代初期の女性装束も、対丈ながら地面に裾を引く長さで、「引摺（ひきずり）」と呼ばれました。絵画を見ると、一般女性は外出時でも引摺姿で描かれている一方、遊女は着物をたくし上げて帯に挟み、余った布を帯の上に出した姿で描かれる例があります。
おはしょりが広く用いられるようになった背景には、1664年（寛文4年）に出された「織物寸尺制」が影響しています。この規格変更により、反物の長さがそれまでより2尺長くなり、女性用長着の仕立て上がり寸法にも反映されて着丈が長くなったため、丈を調整する必要が生じたのです。対照的に、男性用長着は現代まで対丈で仕立てられることが一般的です。
江戸時代中期には、長くなった裾を持ち上げるため、様々な方法が試みられました。前述の「褄取」のほか、主要な帯より低い位置に別の「抱帯（かかえおび）」や「しごき帯」を締めて持ち上げる方法、複数の帯の間に着物を引き出して固定する方法などがありました。この頃、女性用の帯も、江戸初期の細帯から次第に幅広になり、享保期にはほぼ現代と同じ幅になり、装束の装飾性が高まります。また、襦袢と長着をそれぞれ打ち合わせて着る通常の「てんでん前」に対し、先に全て重ねてからまとめて打ち合わせる「一つ前」という着方も行われ、これも足さばきを良くするためでした。
江戸時代後期になると、室内でもおはしょりを作るのが一般的になり、「引摺」は、おはしょりをせず怠けているような女性を指す否定的な言葉としても使われるようになります。
明治時代に入ると、一般女性の間では「引摺」は一部の富裕層や礼装に限られ、おはしょり姿が日常化します。この頃の雑誌にも「ハシヨリ」の記述が見られますが、その形態はまだ多様でした。
着付け方法も変化し、一度すべて着てから腰の布を持ち上げる方式から、帯を締める前に持ち上げて固定する方式へと移ります。現在の腰紐（下締）で固定し、その上に帯を締める方法に近づきますが、花柳界では1本の長い紐で済ませる方法もありました。これが一般にも広まったようで、当時の雑誌には、一本紐での着付けを「芸妓のすること」「下品」とし、腰帯などを用いるべきだという論調も見られます。
昭和初期頃までは襦袢にもおはしょりが必要な着丈が多く、おはしょりがぽってりと厚みのある形になることもあり、それを揶揄する表現もありました。
しかし昭和初期には、おはしょりは単なる丈調整だけでなく、身丈や着姿、さらには体型を補正するための機能を持つようになります。1928年には美容家のメイ牛山が、長襦袢のおはしょりを使った体型補正法を紹介しました。
昭和30年代には長襦袢が対丈で仕立てられるようになり、おはしょりもすっきりとした形になります。この頃から和裁書や着付け書に「おはしょり」の語が見られるようになり、適切な幅や、着る人の身長に合わせた計算、着付け方に関する記述が増えました。昭和中期にはおはしょりの下端を斜めにする着方も流行します。
また、着物の生地が傷んだ場合、おはしょりの内側など見えない部分に傷んだ箇所がくるように仕立て直すなど、実用的な役割も担うようになりました。
男性の長着におはしょりが採用されなかった理由は定かではありませんが、女性に比べて活動性が高い男性にとって、余分な布がもたつくおはしょりは着崩れを招きやすく、不向きであったためという考察があります。
男性が動きやすくするために長着の裾をたくし上げる場合は、前裾から後ろへ全てまくり上げ、帯の背部に挟み込む方法が一般的です。これは「尻はしょり」「尻っぱしょり」「尻絡げ（しりからげ）」と呼ばれ、江戸時代の職人などを描いた絵画によく見られます。
一方、身長に合わせた着丈で仕立て、おはしょりを作らない着付け方を「対丈（ついたけ、つったけ）」と呼びます。
歴史的な変遷
起源
江戸時代の初期まで、男女ともに長着におはしょりという概念はありませんでした。しかし、当時の日本の衣服は基本的に膝下あたりまでの丈があり、動きやすさを確保するためには、しばしば裾を持ち上げる必要がありました。着物の前をつまんで持ち上げる所作は「褄取（つまどり）」と呼ばれ、古くは『日本書紀』にも記述が見られます。
平安時代の小袖や袿は、現代の振袖のように裾を引きずる長さでしたが、旅行など外出時には「壺装束」として、着物を腰のあたりでたくし上げ、紐で固定する着方がありました。これを「壺折」といい、おはしょりの原型と言えるでしょう。
江戸時代初期の女性装束も、対丈ながら地面に裾を引く長さで、「引摺（ひきずり）」と呼ばれました。絵画を見ると、一般女性は外出時でも引摺姿で描かれている一方、遊女は着物をたくし上げて帯に挟み、余った布を帯の上に出した姿で描かれる例があります。
おはしょりの普及
おはしょりが広く用いられるようになった背景には、1664年（寛文4年）に出された「織物寸尺制」が影響しています。この規格変更により、反物の長さがそれまでより2尺長くなり、女性用長着の仕立て上がり寸法にも反映されて着丈が長くなったため、丈を調整する必要が生じたのです。対照的に、男性用長着は現代まで対丈で仕立てられることが一般的です。
江戸時代中期には、長くなった裾を持ち上げるため、様々な方法が試みられました。前述の「褄取」のほか、主要な帯より低い位置に別の「抱帯（かかえおび）」や「しごき帯」を締めて持ち上げる方法、複数の帯の間に着物を引き出して固定する方法などがありました。この頃、女性用の帯も、江戸初期の細帯から次第に幅広になり、享保期にはほぼ現代と同じ幅になり、装束の装飾性が高まります。また、襦袢と長着をそれぞれ打ち合わせて着る通常の「てんでん前」に対し、先に全て重ねてからまとめて打ち合わせる「一つ前」という着方も行われ、これも足さばきを良くするためでした。
江戸時代後期になると、室内でもおはしょりを作るのが一般的になり、「引摺」は、おはしょりをせず怠けているような女性を指す否定的な言葉としても使われるようになります。
近代の変化と機能化
明治時代に入ると、一般女性の間では「引摺」は一部の富裕層や礼装に限られ、おはしょり姿が日常化します。この頃の雑誌にも「ハシヨリ」の記述が見られますが、その形態はまだ多様でした。
着付け方法も変化し、一度すべて着てから腰の布を持ち上げる方式から、帯を締める前に持ち上げて固定する方式へと移ります。現在の腰紐（下締）で固定し、その上に帯を締める方法に近づきますが、花柳界では1本の長い紐で済ませる方法もありました。これが一般にも広まったようで、当時の雑誌には、一本紐での着付けを「芸妓のすること」「下品」とし、腰帯などを用いるべきだという論調も見られます。
昭和初期頃までは襦袢にもおはしょりが必要な着丈が多く、おはしょりがぽってりと厚みのある形になることもあり、それを揶揄する表現もありました。
しかし昭和初期には、おはしょりは単なる丈調整だけでなく、身丈や着姿、さらには体型を補正するための機能を持つようになります。1928年には美容家のメイ牛山が、長襦袢のおはしょりを使った体型補正法を紹介しました。
昭和30年代には長襦袢が対丈で仕立てられるようになり、おはしょりもすっきりとした形になります。この頃から和裁書や着付け書に「おはしょり」の語が見られるようになり、適切な幅や、着る人の身長に合わせた計算、着付け方に関する記述が増えました。昭和中期にはおはしょりの下端を斜めにする着方も流行します。
また、着物の生地が傷んだ場合、おはしょりの内側など見えない部分に傷んだ箇所がくるように仕立て直すなど、実用的な役割も担うようになりました。
男性の場合
男性の長着におはしょりが採用されなかった理由は定かではありませんが、女性に比べて活動性が高い男性にとって、余分な布がもたつくおはしょりは着崩れを招きやすく、不向きであったためという考察があります。
男性が動きやすくするために長着の裾をたくし上げる場合は、前裾から後ろへ全てまくり上げ、帯の背部に挟み込む方法が一般的です。これは「尻はしょり」「尻っぱしょり」「尻絡げ（しりからげ）」と呼ばれ、江戸時代の職人などを描いた絵画によく見られます。
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