ひなげし (モネ)

ひなげし：モネの描く夏の光と家族

クロード・モネの『ひなげし』（仏: Les Coquelicots, 英: The Poppies）、別名『アルジャントゥイユのひなげし』（仏: Les Coquelicots à Argenteuil）は、1873年に描かれた印象派を代表する名画です。現在、パリのオルセー美術館に所蔵されています。1874年の第1回印象派展に出展された『印象・日の出』と並んで、印象派の揺籃期を象徴する作品として知られています。

アルジャントゥイユの夏

絵画は、パリから北西へ約10キロメートル、セーヌ川沿いのアルジャントゥイユの草原を舞台としています。モネは1871年から1878年にかけてこの地に住んでおり、この作品は夏の穏やかな晴天の下で描かれたものと考えられています。画面の左半分には、咲き乱れる鮮やかな赤色のひなげしが、力強く描かれています。

家族の肖像？

画面右前景には、日傘を差す母親と、ひなげしを手にした子供が描かれています。この母子のモデルは、一般的にモネの妻カミーユと長男ジャンであると考えられています。ジャンが被る麦わら帽子には、赤い縁取りとリボンがあり、モネの他の作品である『散歩、日傘をさす女性』や『昼食』にも見られる特徴です。

興味深いのは、画面左奥にも、似た構図の母子が描かれている点です。しかし、女性のドレスの色や、子供の帽子のリボンがないなどの違いから、手前の母子とは別の人物であるという説と、モネが異時同図法を用いて、同じ母子が異なる瞬間を同時に描いたという説があります。奥の女性の傘は閉じられています。この解釈の違いが、絵画にさらなる奥行きを与えています。

光と色の魔術師

モネは、この作品においても、光と色の捉え方に独自の技法を用いています。彼の印象派的な筆致は、ひなげしの赤や緑の草原、そして空の青といった色彩を、点描のように重ね合わせることで、夏の光と空気感を鮮やかに表現しています。また、かすかな風を感じさせるような、繊細な筆使いにも注目です。

印象派への貢献

『ひなげし』は、モネが印象派の画家として確固たる地位を築く上で重要な役割を果たした作品です。自然の光と色の変化を捉え、それを独自の表現で描き出す彼のスタイルは、後の多くの印象派画家たちに大きな影響を与えました。この作品は、単なる風景画にとどまらず、モネの芸術観、そして印象派という画家の集団の誕生と発展の歴史を理解する上で、欠かせない作品と言えます。

参考文献

安井裕雄（著）・高橋明也（監修）『もっと知りたいモネ 生涯と作品』東京美術〈アート・ビギナーズ・コレクション〉、2010年1月
池上英洋『西洋美術史入門』筑摩書房〈ちくまプリマー新書〉、2012年2月
* 『芸術新潮』第69巻第6号、新潮社、2018年6月

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