ぼくどうして涙がでるの

『ぼくどうして涙がでるの』

『ぼくどうして涙がでるの』は、1965年に第二書房から出版された、伊藤文學と妹の伊藤紀子による共著のノンフィクション作品です。この作品は、紀子の心臓病との闘病生活、そしてその中で出会った人々との交流を、兄妹それぞれの視点から綴ったものです。書籍は紀子の闘病日記、文學の文章、そして兄妹が受け取った手紙などで構成され、内藤ルネが装幀を担当しました。出版後、朝日新聞などで紹介され、大きな反響を呼びました。

作品の内容

この作品は、心臓病を患った紀子の闘病生活を中心に、彼女が病院で出会った「芳っちゃん」をはじめとする患者たちとの交流、そして心臓病の子供たちのために「豆の木会」を創立するまでの経緯を描いています。1974年以降の版では、紀子の病からの復帰後の様子も追加されています。

発症初期

1961年のクリスマス、当時20歳だった紀子は、突然胸の痛みを訴え、僧帽弁閉鎖不全症と診断されます。手術をしなければ余命2、3年と宣告されますが、病院のベッドが空いておらず、入院すらできない状況でした。絶望する紀子でしたが、1962年8月9日に東京女子医科大学付属日本心臓血圧研究所に入院することができました。文學は妹の入院をきっかけに肉親の情を強く意識し、毎日仕事帰りに病院を訪れるようになります。この頃から、入院している子供たちとの交流も始まりました。紀子の手術は1962年9月17日に決まりますが、成功率は「四分六分」と告げられます。

入院中の出来事

紀子の手術を担当する予定だった榊原仟医師が海外の学会に出席するために手術は延期されます。紀子は同じ病室の患者たちと交流を深めますが、亡くなる患者もいたことで不安を募らせ、病室を抜け出して遊びに出かけたり、突然実家に帰宅したりするようになります。心配した文學は、朝日新聞の「読者のひろば」に「妹に激励の手紙を」という投稿をします。この投稿が掲載されると、多くの人々が紀子を見舞いに訪れ、花束や手紙が届けられるようになりました。特に、赤いバラのシールが貼られた「みちこ」という女性からの手紙は、紀子を大いに勇気づけました。紀子は手紙のヒントから、手紙の主がデパートに勤務していることを突き止め、電話で話すことに成功します。

芳っちゃんとの出会いと紀子の手術

紀子の手術は再び延期され、10月末にはファロー四徴症を患う5歳の男の子、野村芳和くんが紀子の病室に入院します。子供用の病室が満室だったためですが、これをきっかけに文學は芳和くんと「芳っちゃん」「ブーン」と呼び合う仲になり、交流を深めていきます。12月10日、紀子の手術を前に、芳っちゃんは「お姉ちゃん、泣かないね」と紀子に声をかけます。これは、病室に「手術前に涙を見せた患者は病室に戻ってこられない」というジンクスがあったためで、芳っちゃんの言葉は手術の成功を暗示するものでした。紀子の手術は予定時間を大幅に上回りましたが無事に成功し、12月18日には集中治療室から病室に戻ることができました。

芳っちゃんの手術と死

1963年1月24日、芳っちゃんの手術の前日、文學は芳っちゃんに頼まれていた『ジャックと豆の木』と『家なき子』の絵本を持って病室を訪れます。喜んだ芳っちゃんは、手術が終わったら3日で病室に戻るから、『名犬ラッシー』の絵本を持ってきて欲しいと文學にお願いします。文學は指切りをして約束をしますが、翌日の手術中、芳っちゃんは『ジャックと豆の木』の絵本を手放さず、「ぼく、どうして、涙がでるの、おしえてよ、かんごふさん」と涙を流します。芳っちゃんは手術中に亡くなってしまいます。執刀医によると、脳に腫瘍ができていたのが死因でした。

「豆の木会」の発足

1963年3月2日、紀子は退院しますが、すぐに血清肝炎で再入院します。同じ日に病室にいた「早苗ちゃん」も心臓手術を受けますが、8日後に亡くなってしまいます。紀子は再び退院しますが、妊娠・出産が難しいことを告げられ、さらに急性盲腸炎で入院することになります。文學は、芳っちゃんや早苗ちゃんの他にも、日本には多くの心臓病の子供たちがいることを知り、「同じ悩みを持つ人々が団結すること」を目的に「豆の木会」を設立します。「豆の木会」という名前は、芳っちゃんの好きだった『ジャックと豆の木』から取られ、痩せた土地でも育つ豆のように、心臓病を克服して「マメに働く」ことができるようにという願いが込められました。1963年7月7日には第一回の会合が開かれました。

一周忌まで

1963年11月3日、文學と紀子は「全国心臓病の子供を守る会」の創立総会に出席します。紀子は入退院を繰り返しながらも、文通をしていた草薙実との交際を始めていました。文學は「これからは、他人である草薙君の愛の力によるしかないと思う」と語り、紀子の未来を草薙に託す決意を示します。1964年1月26日には、芳っちゃんの一周忌を記念した会が開かれ、「芳っちゃんはひとりではない」という言葉のもと、全国の心臓病の子供たちのことを考える会となりました。

紀子の復帰

1964年2月、紀子は退院し、仕事をして収入を得るようになります。草薙実との交際も順調に進み、心臓病を患う女性「多田さん」からは、離婚したものの新しい恋人ができたという報告がありました。また、芳っちゃんの家庭には新しい女の子が誕生します。文學は、東京女子医大の新しい心臓センターの建設資金のためにチャリティオークションを開催することを発表し、物語はひとまず締めくくられます。

その後

同書は1974年に改版され、その後の紀子の様子が語られています。

テレビ映画版

1963年8月12日、フジテレビの『シャープ月曜劇場』にて放送されました。東海テレビが制作を担当しました。

キャスト

伊藤紀子： 川口知子

映画版

1965年10月30日に日活によって封切られた映画です。モノクロ、89分。

キャスト

伊藤紀子：十朱幸代
伊藤文雄：佐藤英夫
伊藤しげ：村瀬幸子
伊藤加代：柳川慶子
木村芳宏：日下部聖悦
木村政子：南寿美子
川口徹：藤竜也
太田正子：山本陽子
前川達吉：杉江弘
木村周一：森塚敏
笹原教授：北龍二
神山医師：鈴木瑞穂
森田看護婦：西尾三枝子
武内看護婦：椎名伸枝
村瀬昌子：浜川智子
庄司英子：進千賀子
谷村春江：相原ふさ子
春江の父：雪丘恵介
春江の母：鏑木はるな
林京子：葵真木子
杉村なつ：鈴木俊子
山本房子：横田陽子
吉川みち：兜木美鈴
宮崎徳子：楠侑子
斎藤たか：早川由記
中学校の校医：二木草之助
中学校の教頭：久松洪介
中学校の体操教師：平塚仁郎
結婚式の司会：桂小かん

スタッフ

監督：森永健次郎
脚本：吉田憲二
音楽：渡辺宙明
撮影：萩原憲治
照明：大西美津男
録音：中村敏夫
美術：西亥一郎
編集：井上治
助監督：坂口喜久男
制作主任：牛山正夫
スクリプター：白鳥あかね

関連書籍

伊藤文學・伊藤紀子『ぼくどうして涙がでるの』第二書房（1965、1974）・スペースシャワーネットワーク（2013年）
草薙実・草薙紀子『限りある日を愛に生きて』学習研究社 （1967） 、立風書房 （1974）、角川文庫（1977）
草薙実『愛すれどいのち哀しく』立風書房 （1974）
榊原仟『心臓を語る』主婦の友社 (1961) – ※文學が当時、参考にするため読んでいた

関連項目

僧帽弁閉鎖不全症
ファロー四徴症
薬害肝炎
東京女子医科大学
日本心臓血圧研究所
榊原仟
ジャックと豆の木

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