ぼくの村の話

漫画『ぼくの村の話』について

『ぼくの村の話』は、尾瀬あきらによって1991年から1993年にかけて連載された漫画作品です。新東京国際空港（現在の成田国際空港）建設を巡る三里塚闘争（成田空港問題）を題材とし、空港建設によって人生を大きく変えられてしまう人々の姿を描いています。

物語は、空港建設が内定した1966年から第二次行政代執行が完了するまでの6年間を中心に展開します。主人公の押坂哲平とその家族、友人、そして地域の人々が、空港建設と反対運動にどのように関わっていくのかを、1991年から1993年の哲平の視点から回顧する形で描かれます。

作品の概要

この作品は、単なる空港建設反対運動の記録ではなく、土地収用に伴う住民たちの苦悩や、反対運動における様々な対立、そして国家権力と個人の戦いを、作者の綿密な取材に基づいて描いたものです。作中には、機動隊と反対同盟の衝突、逮捕劇、家族の離散、反対派による嫌がらせなど、当時の現実を反映した描写が数多く見られます。

作者の尾瀬あきらは、取材のために「成田空港問題シンポジウム」に参加するなど、入念な準備を重ねています。そのため、作品には実際の出来事や事件が詳細に描かれ、読者はまるでその場にいるかのような臨場感を味わえます。特に、警察官3人が死亡した東峰十字路事件を思わせる事件の描写は、物語に重厚なリアリティを与えています。

あらすじ

1966年6月、政府は首都圏に建設する新空港の候補地を茂田市・三野塚に内定します。この決定に反発した地元住民は反対運動を開始しますが、補償金を受け入れて移転する条件派も現れ、地域は二分されてしまいます。反対同盟は団結小屋を建て、夜間の見回りを行うなど、公団の測量に備えますが、公団は機動隊を投入して測量を開始します。

反対運動は次第に激化し、反対同盟は全自連の支援を受けて実力闘争へと傾斜していきます。公団や機動隊との衝突は激しさを増し、逮捕者や負傷者が続出します。政府は土地収用法に基づき行政代執行をちらつかせ、反対同盟は砦を築いて抵抗しますが、第一次と第二次の行政代執行によって、ついに砦は破壊され、物語は終結を迎えます。

主な登場人物

押坂哲平（おしざか てっぺい）: 本作の主人公。小学5年生の時に空港建設が発表され、家族と共に反対運動に参加。少年行動隊の隊長として活動する。当初は野球好きの普通の小学生だったが、反対運動を通じて成長していく。
押坂浩（おしざか ひろし）: 哲平の兄。反対運動の主要メンバーとして、ゲリラ活動にも参加。熱血漢で、逮捕されることも多い。森下美奈子に恋心を抱く。
押坂義子（おしざか よしこ）: 哲平の姉。大学生だが、進学せずに実家で反対運動に参加。美人で、反対同盟の男にからかわれることも。
押坂良二（おしざか りょうじ）: 哲平の父。開拓農民で、空港絶対反対の立場を貫く。一家を反対運動に導く中心人物。隣人と条件派になっても付き合いを続けるなど、柔軟な面も持つ。
押坂さえ（おしざか）: 哲平の母。婦人行動隊として反対運動に参加。普段は大人しいが、反対闘争になると大胆な行動に出る。
宮脇真由（みやわき まゆ）: 哲平の同級生で、本作のヒロイン。少年行動隊に所属し、哲平と共に反対運動を行う。中学卒業と共に反対運動から手を引く。
宮脇 信二（みやわき しんじ）: 真由の父。東京で事業を行うようになり、年に数回しか帰ってこない。空港建設を巡り真由の祖父と対立する。
真由の祖父: 真由と同居し、農業を営む。空港絶対反対の立場だったが、最終的には公団に土地を売却する。
源次（げんじ）: 哲平の小学校の同級生。最初は反対派だったが、補償金を受け取って移転し、立場が変化する。
戸田（とだ）: 反対同盟の委員長。実力闘争の中で負傷や逮捕を経験している。
桑田（くわだ）: 反対同盟の副委員長。空港予定地に自宅を新築するほど頑固な人物。
村上弘康（むらかみ ひろやす）: 空港公団用地課の課長。反対闘争の起きない空港づくりを願う。
阿部貴（あべ たかし）: 空港公団用地部部長。空港建設のためには強制収用もやむを得ないと考えている。
森下美奈子（もりした みなこ）: 全自連に所属する学生。押坂家の畑で援農も行う。

その他にも、多くの個性的な人物が登場し、物語を彩っています。

作品の特徴

この作品の大きな特徴は、単なる善悪二元論で描かれていない点です。反対運動に参加する人々だけでなく、条件派や公団側の人物にもそれぞれの立場や葛藤が描かれています。また、作中には、新左翼勢力の登場や、学生運動、農村社会の変化など、当時の社会情勢が色濃く反映されています。これにより、読者は多角的な視点から成田空港問題を考えることができます。

描かれるテーマ

『ぼくの村の話』は、以下の様な様々なテーマを提起します。

国家権力と個人の関係
空港建設という巨大な国家プロジェクトを前に、個人や家族の力はあまりにも無力です。しかし、それでも諦めずに抵抗する人々の姿は、読者に勇気を与えます。
土地と人間のつながり
先祖代々受け継がれてきた土地を奪われることは、単に財産を失うだけでなく、アイデンティティを失うことにもつながります。この作品では、土地と人間の深いつながりが描かれています。
対立と融和
反対派と条件派の間には深い溝がありますが、作中では、その溝を乗り越えて和解しようとする姿も描かれています。異なる立場の人々がどのように共に生きていくのかを考えさせられます。
社会の変化と人間の生き方
高度経済成長の中で、農村社会は大きく変化を迫られます。空港建設は、その変化を象徴する出来事であり、人々の生き方にも大きな影響を与えます。

作品の背景

この作品は、1960年代から1970年代にかけて激化した三里塚闘争（成田空港問題）を背景にしています。新東京国際空港の建設を巡り、地元の農民たちは土地収用に激しく抵抗しました。この闘争は、学生運動や新左翼勢力も巻き込み、大きな社会問題となりました。

『ぼくの村の話』は、この闘争を単なる過去の出来事としてではなく、現代社会にも通じる普遍的なテーマを内包した作品として描いています。

書誌情報

『ぼくの村の話』は、講談社から全7巻で刊行されました。しかし、長らく絶版状態が続いていましたが、ファンの熱意によりオンデマンド出版として復刊しました。

尾瀬あきら 『ぼくの村の話』 講談社 〈モーニングKC〉 全7巻
1992年11月19日発行、ISBN 978-4-06-328305-1
1993年02月19日発行、ISBN 978-4-06-328313-6
1993年05月20日発行、ISBN 978-4-06-328323-5
1993年08月18日発行、ISBN 978-4-06-328332-7
1993年11月19日発行、ISBN 978-4-06-328342-6
1994年01月20日発行、ISBN 978-4-06-328350-1
1994年03月18日発行、ISBN 978-4-06-328357-0

写真集模写問題

連載開始直後、作中に掲載された写真が、1977年刊行の写真集『成田国際空港』に掲載された写真の模写であることが発覚し、問題となりました。著作権者の写真家が講談社に抗議したことで、単行本では出典が明記されることになりました。

まとめ

『ぼくの村の話』は、成田空港問題を題材にしたフィクションでありながら、当時の社会情勢や人々の心情をリアルに描いた傑作漫画です。この作品を読むことで、読者は国家権力と個人の関係、土地と人間のつながり、社会の変化と人間の生き方など、様々なテーマについて深く考えることができるでしょう。また、反対運動に参加する人々の熱意や苦悩、そして、その中で成長していく人々の姿は、多くの人に感動と勇気を与えるでしょう。

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