アウストラル計画

アウストラル計画とは

アウストラル計画（Plan Austral）は、1980年代半ば、具体的には1985年6月15日の物価凍結令から、貨幣価値が制御不能となった1989年2月頃までの期間に、ラウル・アルフォンシン政権下でアルゼンチンにて実施された一連の経済安定化政策です。

導入の背景

軍事政権時代の失政が積み重なり、アルゼンチンは深刻なインフレに見舞われていました。それまで年率100％程度に抑えられていたインフレ率は、1982年以降、年率1,000％に迫る勢いで加速しました。1983年に民政移管によって政権を担ったアルフォンシン大統領にとって、インフレの克服は最重要課題でしたが、労働組合の強い影響力や、非効率な国営部門の存在が財政健全化を阻み、有効な対策を打ち出せない状況が続いていました。

参考として、アルフォンシン政権は1984年5月に、貧困層を対象とした食料品配給制度「PAN」（国民食料計画）を開始しています。当初、受給資格者は全人口の15％程度でしたが、ハイパーインフレによる経済崩壊で中間層が没落し、1989年には貧困率が50％近くまで急上昇しました。

1985年6月15日、当時のスルイーユ経済相によって発表されたアウストラル計画の主な内容は以下の通りです。

物価、公共料金、賃金を1年間凍結
新通貨「アウストラル」（₳）の発行（デノミネーション）。旧通貨「ペソ・アルヘンティーノ」（$a）との交換比率は「$a1,000＝₳1」
対米ドル（US$）の交換レートを「US$1＝₳0.8」で固定（1年間）

この政策は「ショック療法」とも呼ばれ、月20〜30％に達していたインフレ率を一時的に（約1年間）月2〜3％まで低下させることに成功しました。

計画の矛盾と破綻

しかし、凍結令下でも物価上昇は続き、労働者の実質賃金は半年で2割以上減少しました。1986年1月には、賃上げを求める労働組合の要求を受け入れ、政府は5％の賃上げを認めましたが、引き上げ幅を巡って政府と労働組合の対立が表面化しました。

1986年4月には、物価凍結が一部緩和され、生活必需品と公共料金に対する価格統制を継続する一方で、条件付きで値上げを容認する「第二段階」に移行しました（同時に、対米ドルの公定レートを「US$1=₳0.83」に改定）。

しかし、同時期に自由主義的な経済への刷新と財政赤字の解消を断行したイスラエルやボリビアとは異なり、アウストラル計画は十分な裏付けを伴っていませんでした。そのため、経済活動は停滞し、物資不足が深刻化しました。また、中間層の没落と「富の二極化」が顕著になりました。

公定レートが「US$1＝₳0.8」に固定されていた期間、非公認の個人間取引における対米ドル実勢レートは、小幅な変動を続けていましたが、凍結令が失効した1986年7月以降はアウストラル安が加速し、半年程度でアウストラルの対外価値は半減しました。

1986年7月にはインフレ率が30％台まで低下したものの、その後の物価上昇により、1986年の年間インフレ率は80％以上となり、政府目標を達成できませんでした。

アウストラル計画の初期には、高金利の金融商品で顧客を集めた地方銀行が1987年に経営破綻しましたが、投資家への補償はありませんでした。また、物価査察官による権限の私物化や、販売業者との癒着が社会問題化し、経済の二重化が進みました。

与党への不満が高まる中、1987年9月の選挙で野党が勝利。労働組合主導のゼネラル・ストライキが頻発し、経済は疲弊しました。人為的に高く設定された為替レートは、アルゼンチンの輸出競争力を低下させました。外貨不足に加え、農産物の国際価格が下落し、外貨事情はさらに悪化しました。

アウストラルには対外的な交換性がなく、不動産取引や輸入品の購入には外貨が必要でした。外貨不足のため、公定レートは適用されず、多くの人々は不利な条件で闇市場から外貨を調達していました。

1987年10月には、生活必需品と公共料金の大幅な値上げと、3ヶ月間の凍結が実施されました。しかし、1988年1月以降、インフレが再燃し、「プリマベーラ計画」も失敗に終わりました。累積債務問題も解決せず、国際的な孤立が深まる中、1989年2月にアウストラルが急落し、ハイパーインフレ時代に突入しました。

経済の混乱により栄養失調者が急増し、略奪行為が続発。1989年5月には国家非常事態宣言が発令されました。同月の大統領選挙で正義党のカルロス・メネム候補が当選し、アルフォンシン大統領は任期を繰り上げて辞任しました。

対米ドル実勢レートの推移

1985年5月（計画の前月）：$a680（₳0.68相当）
1985年6月（公定レートUS$1=₳0.8）：₳0.85
1986年4月（公定レートUS$1=₳0.83）：₳0.95
1986年12月（公定レートUS$1=₳1.55）：₳1.55
1987年9月（中間選挙で与党が大敗）：₳3.6
* 1989年7月（大統領辞任）：₳665

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