ラーエルテース

ラーエルテース（Λαέρτης）

ラーエルテースは、古代ギリシア神話において、イタケー島を治めた王であり、トロイア戦争の英雄オデュッセウスの父として広く知られています。彼の名前は長母音を省略して「ラエルテス」と表記されることもあります。

系譜伝承

ホメーロスの叙事詩『オデュッセイアー』をはじめとする古い伝承では、ラーエルテースはアルケイシオスの息子と語られています。彼はアウトリュコスとアムピテアーの娘アンティクレイアを妻に迎え、息子オデュッセウスと娘クティメネーをもうけました。

父アルケイシオスはホメーロスの作品中では目立った存在ではなく、『オデュッセイアー』での言及もわずかですが、詩人は彼を最高神ゼウスの子孫と考えていた節があります。これは、オデュッセウスが作中の多くの箇所で「ゼウスの裔にしてラーエルテースの唯一の息子、知略に長けたオデュッセウス」と呼ばれていることから推測されます。ラーエルテースがオデュッセウスの実父であることは、『オデュッセイアー』を通じて一貫して語られる事実です。

しかし、時代が下るにつれて系譜に関する異伝も生まれました。後代の伝承では、アルケイシオスはケパロスとプロクリスの子であるとされたり、ローマの詩人オウィディウスは彼の著作『変身物語』の中で、アルケイシオスを直接ゼウス（ローマ神話名ユーピテル）の子であるとしています。さらに、驚くべき異伝として、オデュッセウスがその狡猾さから、コリントスの賢王シーシュポスの息子ではないかとする説まで存在するのです。

神話における活躍

『オデュッセイアー』で描かれる時代の前、ラーエルテースは父から支配権を受け継ぎ、ケパレーニア人の指導者となりました。彼の統治範囲は、本拠地イタケー島だけでなく、ケパレーニア島やレウカス島にまで及びました。地理学者ストラボーンの記録によると、ラーエルテースは若い頃にケパレーニアの人々を率いて、かつてアカルナーニアー地方と陸続きであったレウカス島を攻撃し、堅固な都市ネリコスを陥落させたと言います。これにより、彼の勢力はアカルナーニアー地方の一部にまで広がったと伝えられています。

また、ラーエルテースはイアーソーンが率いた伝説的な冒険航海、アルゴナウタイの一員であったとされ、さらには英雄たちが集結したカリュドーンの猪狩りにも参加した勇敢な青年であったとされています。

オデュッセウス家に長年仕えた忠実な召使たちの多くは、ラーエルテース自身が購入した人々でした。例えば、息子オデュッセウスの乳母を務めたエウリュクレイアは、ラーエルテースが牛二十頭という高値で買い取って以来、一族に尽くしました。ラーエルテースは妻アンティクレイアと同様にエウリュクレイアを深く信頼し大切にしましたが、妻の機嫌を損ねることを恐れて、彼女と男女の関係を持つことはありませんでした。また、献身的な豚飼いのエウマイオスも、幼い頃に故郷シュリエー島から誘拐された後、ラーエルテースに買われた人物です。

『オデュッセイアー』での姿

『オデュッセイアー』の物語が展開される頃、ラーエルテースの妻アンティクレイアは既にこの世を去っていました。ラーエルテース自身は健在でしたが、王位を息子に譲り、イタケー島の外れにある田舎の屋敷でひっそりと暮らしていました。彼はシケリア出身の老女の世話を受けながら、自ら農作業に励む日々を送っていましたが、長年故郷に戻らない息子の安否と、愛する妻との死別による悲しみから、心身共に深く疲れ果て、すっかり老け込んでしまっていました。

かつて彼が若く壮健だった頃に戦場で使用した巨大な盾は、オデュッセウスの館の武器庫に飾られたまま、静かに埃をかぶっていました。一時期は自ら農作業を監督したり、下男たちと一緒に食事をとることもありましたが、孫のテーレマコスが父オデュッセウスの行方を捜すためにピュロスへ旅立ってからは、それすらもやめてしまい、一人悲嘆に暮れていました。彼を深く慕う豚飼いのエウマイオスは、その痛ましい姿を見るに忍びず、いっそ苦しみから解放されるよう、彼が屋敷の中で安らかに息を引き取ることをゼウスに祈るほどでした。

物語の中で、オデュッセウスの妻ペーネロペーが、求婚者たちからの強引な結婚の要求を退けるため、ラーエルテースの葬儀に用いる経帷子（きょうかたびら）を織り終えるまで待ってほしいと偽りの理由を告げ、昼に織り進めた布を夜に解くことで、実に三年もの間、求婚者たちの返事を引き延ばしたエピソードが語られています（第19歌）。これは、父オデュッセウスの不在中、ペーネロペーがいかに巧みに家と貞操を守ったかを示す象徴的な出来事であると同時に、ラーエルテースがたとえ隠棲していても、家族にとって重要な存在であり続けたことを示唆しています。

物語の最終盤、トロイア戦争の終結から実に二十年ぶりに故郷イタケー島へ帰還を果たしたオデュッセウスは、父が暮らす隠棲先を訪ねます。最初は名乗らずに様子を探りますが、やがて身分を明かし、父ラーエルテースと感動的な再会を果たします（第24歌）。長年の苦しみから解放されたラーエルテースは、息子が無事に戻ったことを心から喜びました。

その後、オデュッセウスに討ち取られた求婚者たちの親たちが復讐のために武器を取って攻め寄せてきた際、老齢のラーエルテースは女神アテーナーによってかつての活力を与えられます。彼は再び戦列に加わり、求婚者たちのリーダーであったアンティノオスの父、エウペイテースを見事に討ち取り、オデュッセウスたちの勝利に貢献しました。

古代の歴史家であるクレタ島のディクテュスの記録によれば、ラーエルテースは息子オデュッセウスとの再会を果たし、最後の戦いを経験した後、その三年後に安らかにこの世を去ったと伝えられています。

ラーエルテースは、若き頃の勇壮な英雄譚と、『オデュッセイアー』における老いと悲しみに打ちひしがれた姿、そして息子との再会後に再び力を示す劇的な場面を通じて、家族の絆や時代の移り変わりを象徴する人物として描かれています。

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