アエノコト

奥能登の伝統神事「アエノコト」：豊穣への祈り、そして未来へ

石川県奥能登地方の珠洲市、輪島市、鳳珠郡能登町、穴水町では、古くから「アエノコト」と呼ばれる独特の新嘗祭が営まれています。「アエ」は「饗（あえ）」、「コト」は「祭り」を意味し、文字通り、収穫を神に感謝し、翌年の豊作を祈願する神事です。

1977年には「奥能登のあえのこと」として重要無形民俗文化財に指定され、2009年にはユネスコ無形文化遺産にも登録、その歴史と文化的な価値が広く認められています。

神を迎える儀式：家長の一人芝居

毎年12月4日頃、農家の家々では、田の神を祀る準備が始まります。床の間には種もみの俵を男女を表すように二つ置き、二股大根と箸を供えて祭壇を設えます。

家長は紋付袴に身を包み、提灯を手に苗代田へと向かい、田の神を家まで案内します。田の神は目に見えない存在ですが、家長はあたかも神が目の前にいるかのように振る舞い、家族に見守られながら神を家へと招き入れます。

炉端で休ませた後、風呂へ入れ、祭壇に招き、小豆飯、魚、大根、里芋など、精進料理を二膳と甘酒を供えます。家長は一つ一つ供え物を丁寧に説明し、およそ1時間後、神が食事を終えたと見なすと、残りを家族でいただきます。

田の神は年を越すとされ、翌年2月9日、家長は田の神を元の田へ送り出し、鍬を入れて耕作を始めます。

この神事は、神が人里に降りてくる形式で、秋田のなまはげや沖縄のマユンガナシと類似した点が見られますが、アエノコトの特徴は、神が姿を見せず、家長が一人芝居で神を演じる点にあります。

無形文化遺産登録と変化

無形文化遺産登録以前は、屋内では背広姿、屋外では作業着で儀式を行うのが一般的でした。しかし、登録後、多くの報道陣が集まるようになったことで、演出として紋付袴を着用する家が増えました。

供え物についても、登録前はパンや洋風料理を供える家庭もありましたが、日本の伝統行事であるとの批判を受け、改める傾向にあります。

能登半島地震後のアエノコト

2024年の能登半島地震は、アエノコトの継承に大きな影を落としました。多くの農家の家屋や田圃が被災し、作付けができず、収穫を祝うアエノコトの実施が危ぶまれました。

被災により農家が移住し、耕作放棄地が増える可能性も懸念され、アエノコトを継承する農家が減少する危険性があります。

地震後、農家の中には、対外性を意識せず、個人でひっそりと行う形式に戻したり、農業法人へ委任したり、地域コミュニティで継承していくことを検討する動きも見られます。

アエノコトは、単なる伝統行事ではなく、奥能登の人々の生活、歴史、信仰と深く結びついた、貴重な文化遺産です。その未来を守るためには、地域住民の努力と、私たち自身の理解と関心が不可欠です。

もう一度検索