アジット・クマール

生い立ち

1971年5月1日、アジット・クマールは父P・スブラマニアムと母モーヒニの間に生まれた。父はタミル地方タンジャーヴール出身でパラカッドにルーツを持ち、母はコルカタ出身のシンド人である。彼は3人兄弟の真ん中で、兄アヌープは投資家、弟アニルはインド工科大学マドラス校を卒業後、実業家として活動している。

学校は10回生（高校相当）の時に中退。一家の知人の紹介でバイクメーカー、ロイヤルエンフィールドに就職し、約半年間メカニックの訓練を受けた。しかし、事務職に就かせたいという父の強い希望を受け退職し、友人の衣料品輸出会社へ転職。そこでビジネス・デベロッパーとして海外での営業を経験し、英会話のスキルを習得した。この会社を辞めた後、友人3人と繊維販売会社を立ち上げたが軌道に乗らず、別の衣料品会社へ移った。

衣料品業界で働く傍ら、モデルとしても活動を開始。ヘラクレス・サイクル＆モーターのコマーシャル撮影に参加した際、著名な撮影監督P・C・シュリーラームにその容姿を見出され、「俳優になれる」とスカウトされたことが映画界入りの契機となった。

俳優としてのキャリア

初期 (1990-1998)

俳優デビューは1990年の『En Veedu En Kanavar』で学生役だった。1993年には学生時代の知人の父であるS・P・バーラスブラマニヤムの推薦で『Prema Pusthakam』の主演に選ばれたが、監督の急逝により撮影が中断。その後、再びS・P・バーラスブラマニヤムの推薦でセルヴァ監督の『Amaravathi』に起用され、これが実質的な初主演作として公開された。

『Amaravathi』のポストプロダクション中に、アマチュア・モーターレースの練習中に負傷し、寝たきりの状態となる。3度の手術を経て1年半の静養を余儀なくされ、『Amaravathi』の彼の台詞はヴィクラムが吹き替えを担当した。

回復後、停滞したキャリアを取り戻すため、助演俳優として積極的に活動。『Paasamalargal』（主演アルヴィンド・スワーミ）や『Rajavin Parvaiyile』（主演ヴィジャイ）などに出演した。1994年の『Pavithra』では、主人公（ラーディカー）から母性的な愛情を受ける病弱な青年を演じている。

ブレイクのきっかけとなったのは、1995年のヴァサント監督作『Aasai』での主演だった。同作は興行的に成功を収め、タミル語映画界の有望株として注目を集め、フィルムフェア賞タミル語映画部門主演男優賞にノミネートされた。その後、『Kalloori Vaasal』でプラシャーントらと共演。国家映画賞 タミル語長編映画賞を受賞した『Kadhal Kottai』ではデーヴァヤーニらと主演を務めた。

1997年には5本の映画に出演したが、いずれも興行は振るわなかった。この時期には映画配給事業にも手を出したが失敗し、多額の負債を抱えた。アジット自身が「残酷な期間」と振り返るこの時期は、慢性的な腰痛にも悩まされ、複数の映画製作が遅延した。唯一の救いは、アミターブ・バッチャン製作の『Ullaasam』でキャリア初の高額出演料を得たことだった。

1998年のサラン監督作『Kaadhal Mannan』で再び興行的な成功を収め、幅広い世代からのファンを獲得した。一方で、スーリヤとのダブル主演が予定されていた『Nerrukku Ner』は監督との意見対立から降板している。その後も『Aval Varuvala』『あなた様のお傍に』が成功したが、『Uyirodu Uyiraga』は振るわなかった。

躍進期と多様な役柄 (1999-2008)

1999年、『Thodarum』『Unnai Thedi』が興行的に成功。特にシムランと共演した『Vaalee』は、聾唖（ろうあ）の兄が弟の妻に惹かれるというスリラーで、アジットが一人二役を演じ、キャリア最大のヒット作となった。この演技は批評家から絶賛され、自身初のフィルムフェア賞タミル語映画部門主演男優賞を受賞した。

その後も『Anantha Poongatre』『羽衣』で演技力を高く評価された。キャリア25本目となる『Amarkalam』ではシャリニと共演し、翌年彼女と結婚することになる。同作はギャングの物語で、アジットのギャング役が高い評価を得た。

2000年の『Mugavaree』は批評・興行ともに成功。作曲家を目指す主人公の苦悩を描き、Rediff.comは「アジットの成長ぶりに驚かされる」と絶賛した。ラージーヴ・メーナン監督の『Kandukondain Kandukondain』では、アイシュワリヤー・ラーイやタッブーらと共演し、タッブー演じる女性との関係に悩む映画監督を演じ、再び批評家から高い評価を得た。しかし、『Unnai Kodu Ennai Tharuven』は興行不調に終わった。

2001年は3作品に出演。ライラやスレーシュ・ゴーピと共演した『Dheena』でアクション・ヒーローとしてのイメージを確立し、以降「ターラ（リーダー）」の愛称で親しまれるようになった。同年にオファーがあった『Nandha』（後にスーリヤが出演）は辞退している。続いて『Citizen』が興行成功。『Poovellam Un Vaasam』（ジョーティカー共演）ではタミル・ナードゥ州映画賞特別賞を受賞し、フィルムフェア賞にもノミネートされた。サントーシュ・シヴァン監督の『アショカ大王』ではシャー・ルク・カーンと共演した。

2002年の『Red』『Raja』は興行的に失敗したが、『Red』によってアクション・ヒーローとしてのイメージはさらに強固になった。K・S・ラヴィクマール監督の『Villain』では、知的障害の兄とその介護をする弟の一人二役を演じ、再びフィルムフェア賞主演男優賞を受賞。作品も商業的に成功した。

2003年から2005年にかけてはモーターレース活動に注力したため、俳優としての活動は控えめになった。『Ennai Thalatta Varuvala』『Anjaneya』は不調で、『Saamy』『Kaakha Kaakha』『Ghajini』といったヒット作への出演機会を逃している。2004年の『Jana』も興行不振だったが、『Attahasam』でようやく成功を収めた。この作品でも一人二役を演じ、彼のアクションイメージを盛り上げる挿入歌「Thala Deepavali」が作られた。2005年の『Ji』は批評家には好評で、オープニングも好調だったものの最終的に失速。アジットはイメージ再構築のため一時的に俳優活動を休止した。

2006年、P・ヴァース監督の『Paramasivan』で俳優復帰。役作りのために20kg減量したこの作品は、同時期公開のヴィジャイ主演作を上回る興行収入を記録した。この頃、バーラ監督の『Naan Kadavul』に出演するため髪を伸ばしていたが、最終的に降板している。『Thirupathi』は平均以上の成績を収め、Rediff.comは「アジットの気迫ある演技が映画を救っている」と評した。続いてアシンと共演した『Varalaru』は大成功を収め、アジットが三役を演じたこの作品で批評家から絶賛され、フィルムフェア賞主演男優賞を獲得した。

2007年、『Aalwar』は短期間で上映が打ち切られる興行失敗となった。次の『Kireedam』は批評家には好評で一定の成功を収めたが、撮影中に脊髄を損傷し、キャリア初期からの古傷が再発した。その後、ヴィシュヌヴァルダン監督の『Billa』に出演。ラジニカーント主演作のリメイクであるこの作品で、冷酷なギャングとその身代わりとなる男の一人二役を見事に演じ分け、批評家から絶賛され、主演男優賞にノミネートされた。2008年のラージュ・スンダラム監督デビュー作『Aegan』は興行不調だった。

近年の活動 (2010-現在)

1年の製作期間を経て公開された『Aasal』では一人二役を演じ、オープニングは好調だったが、最終的な成績は振るわなかった。

2度目のモーターレース出場を経て、ヴェンカット・プラブ監督の『Mankatha』に出演。記念すべきキャリア50本目の作品となった同作で、アジットは悪徳警官ヴィナーヤク・マハデーヴァン役を演じ、従来のステレオタイプなヒーロー像を打ち破る新たな境地を開いた。SifyやRediff.comなどの批評家は「アジットだからこそ成功した」「彼はその有能さで映画全体を支えている」と絶賛。同作は商業的にも大成功を収め、アジットは再びフィルムフェア賞主演男優賞にノミネートされた。

2012年には『Billa』の続編『Billa II』が公開されたが、演技とスタントは評価されたものの、ストーリーや演出が酷評され興行は振るわなかった。2013年の『Arrambam』ではアーリヤー、ナヤンターラらと共演し、批評家・観客双方から高い評価を獲得。アジット自身も主演男優賞にノミネートされた。2014年のタマンナー・バティア共演作『兄貴の嫁取物語』も批評家から好評を得た。

2015年のガウタム・ヴァスデーヴ・メーナン監督作『Yennai Arindhaal』では警官役を演じ、「『Kandukondain Kandukondain』以来の最高傑作」と絶賛された。これら二作の演技でフィルムフェア賞主演男優賞にノミネートされた後、シヴァ監督の『Vedalam』でも演技を高く評価された。

2017年の『Vivegam』は脚本などが酷評されたが、2019年には『永遠の絆』と、ヒット作『ピンク』のリメイクである『Nerkonda Paarvai』に出演した。2022年のH・ヴィノート監督作『Valimai』は評価が分かれた。直近では2023年の『Thunivu』に出演している。

レーサー活動

アジット・クマールは俳優業の傍ら、プロのモーターレーサーとしても活動している。インド国内のレースに出場し、2002年のフォーミュラ・マルティ インド選手権では4位に入賞。その後、マネージャー契約を結び、フォーミュラ・BMWアジアへ参戦。最終ランキングは12位だった。2003年にはフォーミュラ・アジアBMW選手権にも出場した。

6年間のブランクを経て、FIA F2選手権への参戦を表明した。これは、出演予定だったガウタム・ヴァスデーヴ・メーナン監督作の公開が延期されたため決断したという。これに先立ち、MRFレーシングシリーズ最終ラウンドに出場したがマシントラブルでリタイアしている。その後、セパンやユーラシア・レースなどに出場。FIA F2選手権には、アルマーン・イブラーヒーム、パールティヴァー・スレーシュワーレンといった他のインド人ドライバーと共に参戦した。レース出場に向けて約11キログラムの減量を行った。

その他の活動

1990年代には映画配給会社「サーキット9000」を設立したが、1998年に撤退。「今後は映画製作、配給、監督業には関わらない」と公言した。

2004年にはタミル・ナードゥ州のネスカフェのブランド大使に任命された。また、衛生環境の改善や都市部のスプロール現象問題に取り組むため、両親の名を冠した非営利団体「モーヒニ・マニ財団」を設立している。

無人航空機（ドローン）にも強い関心を持っており、インド工科大学マドラス校が主催したメディカル・エクスプレス2018UAVチャレンジでは、テストパイロットおよびUAVシステムアドバイザーとして貢献した。

私生活

1990年代半ばには女優のヘーラ・ラージャゴーパールと交際したが、1998年に破局。1999年に出演した映画『Amarkalam』の撮影現場で共演者のシャリニと出会い交際を開始した。周囲からの忠告もあったが、アジットは1999年6月にシャリニにプロポーズし、2000年4月に結婚した。夫婦の間には2人の子供がいる。

受賞歴

アジット・クマールは、そのキャリアを通じてフィルムフェア賞 南インド映画部門、タミル・ナードゥ州映画賞、ヴィジャイ・アワードなど、数々の映画賞を受賞している。また、フォーブス・インディアの「セレブリティ100」リストにも複数回選出されている。

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