アタベク

アタベク：西アジアを揺るがした称号と権力

アタベク（Atābak, اتابك）とは、主に11世紀以降の西アジア、特にセルジューク朝とその周辺地域で用いられた称号、あるいは役職です。「アターベク」とも表記されます。テュルク語に由来し、「アタ」（父）と「ベク」（アミール、命令者、軍事指導者と同義）から成り、文字通り「父なる指導者」を意味すると言えるでしょう。

セルジューク朝において、アタベクは幼少の王子の後見人として重要な役割を担いました。当初は君主直属のマムルーク（奴隷兵）の中から選出されるケースが多かったものの、イラン系の政治家ニザームルムルクのように例外的な人物も存在しました。ニザームルムルク以降は、テュルク系の軍人から選ばれることが一般的になります。

アタベクは王子の所領管理、行政を代行し、その権力は絶大でした。王子の後見人の役割を終えた後も、各地の統治者たちはアタベクの称号を保持し続け、独自の勢力を築き上げました。これらの勢力は後世「アタベク王朝」と呼ばれるようになります。セルジューク朝の支配が弱体化していくにつれ、アタベクの権力はますます強大化し、領地と権力は世襲されるようになりました。

例えば、アゼルバイジャンのイルデニズ朝の支配者たちは、イラクのセルジューク朝のスルターンであるアルスラーン・シャーやトゥグリル3世のアタベクとして実権を掌握しました。トゥグリル3世がアタベクの介入に反発し、ホラズム・シャー朝に援軍を要請した結果、1194年の戦闘でトゥグリル3世が戦死、西部イランにおけるセルジューク朝は滅亡へと向かいました。

シリアのザンギー朝やブーリー朝も、当初はセルジューク朝の王子の後見人として出発しましたが、王子が亡くなったり、別の役割に就いたりしたのち、独立した政権へと成長しました。ヤズド・アタベク朝は、アルスラーン・シャーによってヤズドの地方政権であるカークイェ朝の王女の後見人に任命された将軍を祖とする王朝で、13世紀末のイルハン朝の時代まで存続しました。

一方、ファールスのサルグル朝、ロレスターンのハザーラスプ朝やホルシード朝の支配者たちは、アタベクの称号を使用していましたが、正式にセルジューク朝の王子の後見人を務めたことはありませんでした。サルグル朝は当初セルジューク朝に貢納を行っていましたが、セルジューク朝滅亡後に完全に独立を果たしました。しかし、王朝内においてセルジューク朝との関係は重要な要素であり続けました。

セルジューク朝以外にも、エジプトのアイユーブ朝やマムルーク朝、グルジア王国でもアタベクの称号が用いられました。マムルーク朝では、後見人の意味に加えて、軍隊の最高司令官に授与される称号としても用いられるようになりました。当初は有力アミールが臨時的に就く役職でしたが、ナースィル・ムハンマドの治世以降はエジプト総督に付与される称号へと変化していきました。

ナースィルは専制的な体制を築きましたが、彼の死後、国政の立て直しのためアミールらによる合議制（御前会議）が導入され、1350年には御前会議の議長がアタベクに就任するようになりました。1354年以降は、アタベクが大アミールの称号を兼ね、単独で国政を担うようになり、「アタベク体制」が成立しました。しかし、最高位のアタベクの座を狙うアミールたち、あるいはスルターンとアタベクの間で権力闘争が頻発しました。1378年にアタベクに就任したバルクークが1382年に自らスルターンに即位したことで、アタベク体制は終焉を迎えます。

このように、アタベクは単なる称号にとどまらず、西アジアの歴史において大きな影響力を持った存在でした。その権勢と、各地に生まれたアタベク王朝群は、中世イスラーム世界における政治構造を理解する上で欠かせない要素と言えます。主なアタベク王朝としては、アフマディール朝、イルデニズ朝、サルグル朝、ザンギー朝、ハザーラスプ朝、ブーリー朝、ホルシード朝、ヤズド・アタベク朝などが挙げられます。これらの王朝は、それぞれの地域で独自の政治、文化を発展させました。

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