ザンギー朝

ザンギー朝：十字軍に抵抗したイスラム王朝の興亡

ザンギー朝は、12世紀から13世紀にかけてイラク北部（ジャズィーラ地方）とシリアを支配したテュルク系のアタベク朝です。その強大な勢力は、十字軍に対してイスラム世界が初めて組織的な抵抗を展開した歴史的意義を持ちます。

ザンギー朝の創設とエデッサ陥落

ザンギー朝の創始者イマードゥッディーン・ザンギーは、セルジューク朝の有力武将の子として生まれました。父はシリア北部の支配を許されていましたが、反乱の疑いで殺害され、ザンギーはセルジューク朝の地方領主のもとで成長しました。その後、様々な経緯を経てモースルの太守となり、軍事力と政治力を背景に、シリア北部の都市アレッポを掌握。アルトゥク朝の有力者の妻と結婚することで、アレッポのアタベク（摂政）となります。

ザンギーは、シリア南部の中心都市ダマスカスを治めるブーリー朝と勢力争いを繰り広げ、1144年には十字軍国家エデッサ伯国の首都エデッサを陥落させるという快挙を成し遂げました。このエデッサの陥落は、十字軍勢力に大きな打撃を与え、ザンギーはイスラム世界の英雄として称えられることとなります。しかしながら、1146年、ザンギーは自らの奴隷によって暗殺されました。

分裂とヌールッディーンの活躍

ザンギーの死後、彼の領土はモースルを継いだ長男サイフッディーン・ガーズィー、アレッポを継いだ次男ヌールッディーンの間で分割されました。中でもヌールッディーンは、父に匹敵するほどの卓越した軍事力と政治手腕を発揮します。

彼はエデッサ奪回を目指す十字軍と戦い、1149年にはイナブの戦いでアンティオキア公国のレーモン・ド・ポワティエを討ち取ります。その後も十字軍国家エデッサ伯国を滅ぼし、1154年にはダマスカスを征服して首都としました。ダマスカスを拠点に、ヌールッディーンは十字軍に対して積極的な軍事行動を展開し、アンティオキア公国やエルサレム王国を何度も攻撃しました。また、アナトリアのルーム・セルジューク朝やファーティマ朝エジプトとも対立し、複雑な外交関係を築きながら勢力圏拡大を目指しました。

ヌールッディーンは、エジプトを征服しようとしましたが、エジプトの武将シール・クーフが派遣され、エジプトはザンギー朝の影響下に置かれました。しかし、シール・クーフの甥サラーフッディーン（サラディン）が台頭し、エジプトはザンギー朝からの独立を強め、後にアイユーブ朝を建国します。

ザンギー朝の衰退と滅亡

ヌールッディーンは1174年に急死しました。その後継者アッサリーフ・イスマイル・アルマリクは幼少であったため、ダマスカスでは権力闘争が激化しました。この混乱に乗じてサラーフッディーンはダマスカスを制圧し、ザンギー朝の勢力は徐々に衰えていきます。

アレッポを支配していたアッサリーフ・イスマイル・アルマリクは1181年に暗殺され、モースルのザンギー朝がアレッポを支配しましたが、1183年にはサラーフッディーンによってアレッポも征服され、ザンギー朝のシリア支配は完全に終焉を迎えました。

ザンギー朝は北イラクでは13世紀まで存続しましたが、1234年にモースルを拠点とする本家が断絶し、その後、分家も滅亡しました。ザンギー朝の興亡は、十字軍とイスラム勢力の抗争、そして近隣諸国との複雑な関係の中で展開した、12世紀から13世紀の近東の歴史を象徴的に物語っています。

主要人物一覧

モースル
イマードゥッディーン・ザンギー
サイフッディーン・ガーズィー
クトブッディーン・マウドゥード
以下、数々の後継者

アレッポ
イマードゥッディーン・ザンギー
ヌールッディーン・マフムード
アッサリーフ・イスマイル・アルマリク
イマードゥッディーン・ザンギーII

ダマスカス
ヌールッディーン・マフムード
アッサリーフ・イスマイル・アルマリク

その他諸都市
シンジャール、ジャズィーラなど複数の都市で、複数の統治者が存在しました。詳細は参考文献をご参照ください。

参考文献

下津清太郎 編 『世界帝王系図集 増補版』 近藤出版社、1982年
* Steven Runciman, A History of the Crusades Vol.II, Cambridge University Press, 1954.

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