アタランテー

アタランテー（古希: Ἀταλάντη, ラテン語: Atalanta）は、古代ギリシア神話に登場する特異な女性英雄です。特にその驚異的な足の速さと卓越した狩りの技術で広く知られています。また、同時代の女性たちの中でも群を抜いた美貌の持ち主としても讃えられています。彼女はアルゴナウタイの一員として冒険に参加したという伝承や、カリュドーンの大猪狩りで重要な役割を果たしたことでも有名です。

詩人オウィディウスは、その著作『変身物語』の中で、アタランテーを「リュカイオスに咲いた花」、「テゲアーの乙女」と形容し、彼女の美しさを称えています。

系譜に関する伝承

アタランテーの出自については、古代の伝承においていくつかの異なる説が存在します。

最もよく知られている説の一つは、アルカディアー地方の王イーアソスと、オルコメノス王ミニュアースの娘クリュメネーの子とするものです。しかし、ヒュギーヌスはイーアシオス、アイリアーノスはイーアシオーンの子としており、父親の名前には類似した複数の名前が挙げられています。
別の主要な説としては、ボイオーティア地方のスコイネウスの娘とするものがあり、これはヘーシオドスの著作に由来するとも伝えられています。多くの古代の詩人や著述家がこの説を支持しています。
悲劇詩人エウリーピデースは、アタランテーをマイナロスの娘とする説を唱えています。

また、アタランテーはテーバイ攻めの七将の一人であるパルテノパイオスの母であったとする伝承も存在します。

神話における生涯

幼少期と成長

父は男児を強く望んでいたため、アタランテーは生まれてすぐにアルカディアー地方のパルテニオン山の泉のほとりに捨てられました。しかし、子を失ったばかりの牝熊が現れ、母乳を与えて赤子を育てたといいます。その後、牝熊が餌を探しに出ている間に狩人たちがアタランテーを見つけ、連れ去って育てました。

アタランテーと名づけられた彼女は、成長するにつれて女神アルテミスを模範とし、結婚せずに処女として生きることを選びました。男性を避け、アルカディアーの最も高い山の洞窟で孤独な生活を送りながら、ブドウを育て、日々狩りに明け暮れました。

幼い頃から彼女は驚くべき足の速さを持ち、どんな獣や人間も彼女から逃れることはできませんでした。同時に、誰も彼女を捕らえることは叶いませんでした。体格は並外れており、ペロポネーソス半島のどの女性よりも美しかったため、その噂を聞いて恋心を抱く者も現れました。顔立ちは中性的で、少年と少女の面影を併せ持っていたといわれます。

しかし、山野で鍛えられ、自立した生活を送っていたアタランテーは、目つきは鋭く、気性は激しく、一般的な少女らしい要素はほとんど持ち合わせていませんでした。服装もアルテミスのように簡素なものを好み、最小限の装飾品（衣服を留める留金程度）しか身につけず、豊かな金髪も一つにまとめるだけで、化粧をすることもありませんでした。

ケンタウロスとの遭遇

ある時、近隣に住んでいたヒュライオスとロイコスという二人のケンタウロスが泥酔し、アタランテーに求婚するため彼女の住む洞窟へ向かいました。彼らは乱暴を働くつもりでしたが、アタランテーは動じることなく、向かってくる二人のケンタウロスを矢で射殺しました。

アルゴー船の冒険への参加？

一部の文献では、アタランテーがイアーソーン率いるアルゴー船の冒険に参加したと伝えられています。シケリアのディオドーロスの記録には、アルゴナウタイが金毛羊の毛皮を入手した後の戦いでアタランテーが負傷したという記述があります。しかし、ロドスのアポローニオスによる叙事詩『アルゴナウティカ』では、彼女は参加していません。

アタランテー自身は参加を強く望み、イアーソーンに自身の槍を贈るほどでしたが、イアーソーンは彼女の美しさが原因で英雄たちの間に争いが起こることを恐れ、申し出を断ったとされています。代わりに、イアーソーンはアタランテーから贈られた槍を携えて航海に出たともいわれます。ヒュギーヌスもアタランテーをアルゴナウタイには含めていません。

イアーソーン帰還後のペリアースの葬礼競技では、アキレウスの父ペーレウスとレスリングで戦い、勝利したという伝承もあります。

カリュドーンの猪狩り

アタランテーが参加した最も有名な出来事の一つが、カリュドーンの大猪狩りです。カリュドーンの王オイネウスが収穫祭でアルテミスへの供物を忘れたため、怒ったアルテミスが巨大な猪を送り込み、国土を荒らさせました。この猪を退治するために、ギリシア各地から多くの英雄が集結しました。

参加者の中には、女性であるアタランテーがいることに難色を示す男たち（ケーペウス、アンカイオスら）もいましたが、カリュドーンの王子メレアグロスは彼女に好意を抱いていたため、彼女の参加を強く主張し、実現させました。

猪狩りの最中、ヒュレウスやアンカイオスらが命を落とす激しい戦いとなりましたが、アタランテーは大猪の背中に見事な矢を打ち込み、最初に傷を負わせる活躍をしました。続いてアムピアラーオスが猪の目を射抜き、最後にメレアグロスが脇腹を刺して仕留めました。パウサニアースによれば、アンカイオスが苦戦している間にアタランテーが矢で仕留めたとも伝えられています。

猪が倒されると、メレアグロスはアタランテーこそが最大の功労者であるとして、獲物の毛皮を彼女に与えようとしました。しかし、メレアグロスの叔父たちは、女が最高の栄誉を得るのは恥辱であり、もしメレアグロスが受け取らないなら自分たちが受け取るべきだと主張し、アタランテーから毛皮を奪い取ろうとしました。この横暴な振る舞いに激怒したメレアグロスは、叔父たちを殺害し、再びアタランテーに毛皮を与えました。しかし、この事態を知ったメレアグロスの母アルタイアーは、息子が自分の兄弟を殺した怒りから、息子の寿命と繋がっていた薪を燃やし尽くしてしまいました。

なお、アタランテーはメレアグロスと関係を持ったとされ、後にパルテノパイオスを産み、パルテニオン山に捨てたという伝承もあります。パルテノパイオスの父については、メラニオーンやアレースなど諸説あります。

結婚と競走

カリュドーンの猪狩りでの活躍などを通じてアタランテーの名声はさらに高まり、多くの求婚者が現れるようになりました。しかし、アタランテーは元来、結婚を望んでいませんでした。両親と再会した彼女は、父親から結婚を強く勧められました。

求婚者が後を絶たない状況で、アタランテーは父親の提案、あるいはアポローンの神託（結婚は避けられないが、結婚すれば自分自身を失うだろうという警告）を受けて、結婚相手を競走で決めることにしました。彼女は求婚者たちに対し、自分との競走を挑み、勝った者と結婚するが、負けた者は容赦なく殺すという過酷な条件を提示しました。

競走では、アタランテーは武装し、求婚者を先にスタートさせましたが、その驚異的な速さゆえに、彼女に勝てる者は現れず、多くの若者が命を落としました。アタランテーは、敗れた求婚者の首を競技場に飾ったといいます。

しかし、ついに彼女を打ち負かす人物が現れました。アポロドーロスによれば、それは彼女の従兄弟であるメラニオーンです。一方、オウィディウスやヒュギーヌスは、メガレウスの子ヒッポメネースとしています。この人物は、愛と美の女神アプロディーテーに祈りを捧げ、助けを求めました。アプロディーテーは彼の願いを聞き入れ、三つの黄金の林檎を与えました。

競走が始まると、アタランテーが俊足を飛ばして彼を追い抜こうとするたびに、彼はアプロディーテーから与えられた黄金の林檎を後ろに投げました。アタランテーは林檎の美しさに目を奪われ、立ち止まってそれを拾っている間に、彼は先にゴールに到達しました。こうして、アタランテーは初めて競走で敗れ、メラニオーンまたはヒッポメネースと結婚することになりました。

変身譚

アタランテーと結婚相手のその後の人生についてはほとんど語られていませんが、彼らがライオンに変身したという伝承が伝えられています。この変身についても複数の説があります。

アポロドーロスによれば、アタランテーとメラニオーンは狩りの途中でゼウスの神域に入り、そこで性的行為を行ったため、ゼウスの怒りに触れてライオンに変えられたといいます。
オウィディウスの物語では、ヒッポメネースが競走でアプロディーテーの助けを得たにもかかわらず、感謝の念を示さなかったため、アプロディーテーが怒りました。アプロディーテーは、彼らがキュベレーの神殿近くを通った際に強い欲情を起こさせ、神聖な洞窟で行為を行ったため、キュベレーの怒りを買ってライオンに変えられたとしています。
ヒュギーヌスもアプロディーテーへの感謝を怠ったことを理由として挙げていますが、場所はパルナッソス山でのゼウスへの犠牲の最中、ゼウスの神域内での行為がゼウスの怒りを買い、ライオンに変えられたとしています。
* ピロデーモスによれば、ヘーシオドスの伝承では、彼らが見てはならない禁忌のものを目にしたために、ゼウスによってライオンに変えられたとされています。

備考

小惑星帯の比較的大きな小惑星アタランテ（1899年発見）や、イタリアのプロサッカークラブ、アタランタBCの名前は、このギリシア神話の英雄アタランテーに由来しています。

もう一度検索