イーアシオーン

イーアシオーン：豊穣と悲恋の神話

イーアシオーン（古希: Ἰασίων, Īasiōn）は、ギリシア神話に登場する人物で、しばしばイアシオンとも表記されます。彼の物語は、女神デーメーテールとの愛と悲劇を中心に展開され、豊穣の儀礼と神々の間の複雑な関係性を象徴しています。

生い立ちと家族

イーアシオーンは、アトラースの娘エーレクトラーとゼウスの息子との間に生まれたとされています。ダルダノスとは兄弟の関係にあり、ハルモニアーが兄妹として語られることもあります。彼はデーメーテールとの間にプルートスをもうけたとされ、別の伝承では、プルートスとピロメーロス、あるいは女神キュベレーとの間にコリュバースをもうけたとも伝えられています。

神話におけるイーアシオーン

ヘーシオドスの記述によれば、イーアシオーンはデーメーテールに愛され、クレーテー島の耕地で関係を持ち、その結果デーメーテールはプルートスを生んだとされています。ホメーロスも『オデュッセイアー』でこの神話に言及しており、イーアシオーンがゼウスの雷によって殺されたと述べています。

後世になると、このエピソードはデーメーテールに対する傲慢さが原因でゼウスの怒りを買い、雷に打たれて死んだという解釈が広まりました。一部の伝承では、イーアシオーンがデーメーテールを強姦しようとしたため、このような悲劇に見舞われたとされています。スキュムノスやヘラーニーコスは、彼がデーメーテールの神像を、コノーンはデーメーテールの幻を犯そうとしたと述べています。ヒュギーヌスは、彼が4頭立ての二輪戦車に関わる事故で亡くなったとしています。

しかし、シケリアのディオドロスは異なる解釈を提示しています。彼によれば、イーアシオーンはゼウスから秘儀を授かり、サモトラーケー島の密儀を創設したとされています。さらに、イーアシオーンはオリュムポスにも入ったと伝えられています。ディオドロスは、デーメーテールとの間にプルートスが生まれたとする伝承を、イーアシオーンがハルモニアーとカドモスの結婚式でデーメーテールと結ばれたため、贈り物として穀物を授かったという物語として解釈しています。彼はその穀物を大地に播き、豊かな実りを生み出し、人々はこれをプルートスと呼んだと説明しています。

解釈：豊穣の儀礼と神の怒り

イーアシオーンとデーメーテールの物語は、大地の豊穣を祈願する儀礼における聖婚（ヒエロス・ガモス）を象徴していると解釈されています。ミルチャ・エリアーデは、女性と耕作地、男性と鍬、耕作と生殖行為の同一視を指摘し、畑での生殖行為の模倣が豊穣を祈る呪術的行為であったと述べています。イーアシオーンとデーメーテールの神話は、こうした風習の原型を示唆していると考えられています。

一方で、『オデュッセイア』におけるイーアシオーンの死の伝承は、女神との聖婚と同時に、ゼウスが女神と人間の自由な恋愛や結婚を認めなかったことを示しています。人間の男性が女神に恋することは不敬と見なされ、聖婚の意味が忘れられ、イーアシオーンは冒涜的な人物として描かれるようになりました。

イーアシオーンの物語は、豊穣を祈る古代の儀式と、神と人間との関係の複雑さを物語る重要な神話であり、その多層的な解釈は、ギリシア神話の豊かさを伝えています。

参考文献

アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫（1953年）
ディオドロス『神代地誌』飯尾都人訳、龍溪書舎（1999年）
ストラボン『ギリシア・ローマ世界地誌』飯尾都人訳、龍溪書舎（1994年）
ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』松田治・青山照男訳、講談社学術文庫（2005年）
ヘシオドス『神統記』廣川洋一訳、岩波文庫（1984年）
ホメロス『オデュッセイア（上）』松平千秋訳、岩波文庫（1994年）
高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店（1960年）
『エリアーデ著作集　第二巻 豊穣と再生』久米博監訳・堀一郎監修、せりか書房（1974年）
* ジョルジュ・ドゥヴルー（en）『女性と神話 ギリシア神話にみる両性具有』加藤康子訳、新評論（1994年）

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