アチェ戦争

アチェ戦争：植民地支配と抵抗の歴史

アチェ戦争は、1873年から1904年にかけて、スマトラ島北部のアチェ王国（アチェ・ダルサラーム王国）とオランダ王国の間で繰り広げられた長期にわたる戦争です。インドネシアでは「オランダ戦争」または「異教徒戦争」とも呼ばれています。この戦争は、単なる植民地支配をめぐる武力衝突に留まらず、宗教的な側面や、その後のインドネシア独立運動にも影響を与えた複雑な歴史的背景を持っています。

戦争の背景

16世紀以来、アチェ王国はオスマン帝国の保護国であり、1824年の英蘭条約で独立を保障されていました。19世紀半ばまで、アチェは胡椒貿易で繁栄し、その経済力と政治力で周辺地域を支配していました。しかし、1869年のスエズ運河開通により、ヨーロッパと東南アジア間の航路が短縮され、情勢は一変します。イギリスは1871年にオランダと条約を結び、オランダがスマトラ島への領土主張を可能にしました。これは、アチェの豊かな天然資源を狙うオランダが、その支配を拡大する機会を捉えた動きでした。また、当時の欧州列強は東南アジアへの関心を強めており、オランダは他国との競争に打ち勝つためにもスマトラ島の統一を急いでいました。

戦争の経過

初期段階の戦略と失敗

1873年、オランダはアチェへの軍事侵攻を開始しました。当初は早期決戦を目指しましたが、アチェ軍の抵抗に遭い失敗しました。その後、海上封鎖、懐柔策、要塞線の集中攻略など様々な手段を試しましたが、効果は上がらず、戦費は莫大に膨れ上がりました。オランダはアチェの軍事力を過小評価しており、アチェ軍の反撃により、将軍を含む多くの兵士を失いました。

オランダの第二次攻勢とアチェの抵抗

1873年11月、オランダは1万3000人の兵力を投入し、第二次攻勢を開始しました。この戦いでは、コレラが両軍に蔓延し、多くの戦病死者が出ました。アチェは首都バンダアチェを放棄しましたが、抵抗を続けました。1874年にアチェのスルタンがコレラで死去しましたが、その後もゲリラ戦が繰り広げられました。1880年頃には、オランダも支配地域を海岸線に限定し、その支配を固めることに注力しました。海上封鎖が効果を発揮し始め、多くの領主がオランダの支配下に入りましたが、一部の領主は、得た資金で抵抗勢力を支援していました。

聖戦と宗教指導者の台頭

1883年、イギリス船の座礁事件をきっかけに、オランダは再びアチェへの攻撃を強化しました。アチェ軍はゲリラ戦術でオランダ軍を苦しめ、オランダは報復として多くの村を破壊しました。1880年代半ばからは、宗教指導者（ウラマー）たちがアチェ軍の指導権を握るようになり、対オランダ戦争を「聖戦」と位置づけました。この頃から、アチェの抵抗は、西洋の帝国主義に抵抗するイスラム教徒の運動の象徴として捉えられるようになりました。オランダは、アチェ社会を分析し、ウラマーを敵対視する一方で、協力的な領主を利用する戦略に転換しました。また、宗教的な影響力を利用して、アチェ人にオランダの統治を受け入れさせようとしました。

抵抗の鎮圧と終結

1898年、ファン・ヒューツがアチェの長官に就任すると、彼は協力的な領主と連携し、農村部の抵抗勢力を孤立させる作戦を実行しました。また、オランダ軍は焦土作戦を実施し、多くの犠牲者を出しました。1903年までに、アチェの主要な指導者が降伏または逮捕され、1904年までにアチェはほぼオランダの支配下に入りました。しかし、その後も散発的な抵抗運動は続きました。アチェ戦争でのアチェ側の死者は5万人から6万人、傷病者は100万人に上ったと推定されています。

戦争の終焉とその後

オランダはアチェを完全に支配下に置きましたが、1914年まで抵抗運動は続きました。また、第二次世界大戦中にもアチェでは日本軍に対する抵抗運動が展開されました。インドネシア独立後も、中央政府に対する不満から、アチェでは自治権を求める闘争が繰り返されました。2004年のスマトラ島沖地震・津波により大きな被害を受けましたが、2005年にはインドネシア政府と和平合意を結び、一応の終結を迎えました。アチェ戦争は、アチェの社会に大きな爪痕を残しましたが、その後のインドネシア史にも大きな影響を与えました。

自殺攻撃（アチェ・モールト）

アチェ戦争中、アチェの戦士たちは「ペラン・サビル」と呼ばれる聖戦を遂行し、オランダ軍に対する自殺攻撃を頻繁に行いました。これは、個人的なジハードの実践と考えられており、オランダ軍はこれを「アチェ・モールト」（アチェの殺人）と呼びました。この背景には、「ヒヤカット・ペラン・サビル」という文学作品があり、オランダに対する自殺攻撃を正当化する根拠を与えていました。アチェの戦士たちは、自分たちの行動を異教徒に対する殉教と捉え、自らの命を投げ打って抵抗を続けました。

アチェ戦争の遺産

アチェ戦争は、インドネシアにおける植民地支配と抵抗の歴史において重要な位置を占めています。この戦争は、単なる武力衝突だけでなく、宗教的な側面や、民族的なアイデンティティを巡る闘争でもありました。アチェの人々にとって、この戦争は植民地支配に対する抵抗の象徴であり、その精神は現代のインドネシアにも受け継がれています。

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