アテーナイのアポロドーロス

アテーナイのアポロドーロス（紀元前180年頃 - 紀元前120年以降）は、ヘレニズム時代のギリシアを代表する博識な学者です。彼の活動の中心は、歴史、文法学、神話研究など多岐にわたり、その著作は後世の研究者にとって重要な典拠となりました。

医師であるアスクレピアデスの子として生まれたアポロドーロスは、当時の高名な学者たちに師事しました。哲学の分野では、ストア派のバビロニアのディオゲネスやパナイティオスに学び、文法学では、アレクサンドリア図書館の館長も務めたサモトラケのアリスタルコスから深い薫陶を受けました。これらの師事経験が、彼の幅広い学問的関心と厳密な研究手法を育む基礎となったと考えられています。

彼の人生の軌跡は、学問の中心地の移動と関係しています。紀元前146年頃には、当時の学術の中心地の一つであったエジプトのアレクサンドリアを離れました。この離脱が自発的なものだったのか、あるいは追放によるものだったのかについては議論がありますが、その後はしばらく小アジアのペルガモンで過ごした可能性が高いとされています。最終的には、彼の名の由来ともなったアテーナイに定住し、そこで晩年を過ごしながら研究・著述活動に打ち込みました。

アポロドーロスの主な著作としては、以下のものが知られています。

『年代記』（Χρονικά）: これは、紀元前12世紀頃のトロイア滅亡という神話的な時代から、おおよそ紀元前143年（後に紀元前109年まで加筆されたとされます）までのギリシアの歴史を扱った詩形式の作品です。当時のアテーナイのアルコン（高級執政官）の任期を基準として年代を特定しようとした試みが見られ、当時の歴史編纂における紀年法研究の一端をうかがわせます。エラトステネスの研究に基づくとされ、ユーモラスな雰囲気を持つ滑稽な三歩格で書かれ、アッタロス2世に献呈されたと言われています。
『神々について』（Περι θεων）: この著作は、ギリシアの宗教史に関する詳細な記述を含んでいました。当時の神話や信仰に関する体系的な研究であり、後の時代の哲学者や著述家、例えばピロデモスなどが、この著作を自らの作品の参照元として利用したことから、当時の宗教理解を知る上で非常に重要な資料であったことが分かります。
* ホメロスの軍船カタログに関する散文: これは、ホメロスの叙事詩『イリアス』第2歌に登場する「軍船カタログ」と呼ばれる部分（494行-759行）についての詳細な解説書であり、全12巻からなる大部な作品でした。ホメロスの時代の地理的な状況や、その後の時代の変化などを、文献学的かつ地理学的な視点から論じています。この著作は、地理学者ストラボンがその著書『地理誌』の第8巻から第10巻を執筆する際に、主要な典拠の一つとして大きく依拠したことが知られています。

これらの主要な著作のほかにも、アポロドーロスは語源学に関する初期の研究、古代の詩人であるコスのエピカルモスやソプロンの作品分析など、多岐にわたる分野で筆を執りました。また、現存しないものの、多数の批評本や文法学に関する著作があったことも伝えられています。

なお、しばしば混同されることがありますが、現存する最も有名なギリシア神話の概説書である『ビブリオテーケー（ギリシア神話）』の作者である「アポロドーロス」は、かつて本項のアテーナイのアポロドーロスと同一人物であると考えられていました。しかし、現在では作品の内容や記述年代などから、両者は異なる人物であるというのが一般的な見解となっています。

アテーナイのアポロドーロスは、その広範な知識と厳密な研究姿勢によって、ヘレニズム時代の学術に貢献し、特に歴史、神話、文献学の分野において後世の研究に大きな影響を与えた重要な学者と言えます。

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