アベ・ピエール

アベ・ピエール：社会変革を求めた聖職者

アベ・ピエール、本名アンリ・アントワーヌ・グルエは、1912年にフランスのリヨンで生まれました。裕福な家庭に育ちましたが、18歳で遺産を慈善事業に寄付し、カプチン・フランシスコ修道会に入会。清貧の生活を選びました。1938年に司祭に叙階された後、第二次世界大戦中はナチス占領下のフランスでユダヤ人を救出し、レジスタンス運動に参加するなど、その行動は常に社会の弱者に寄り添うものでした。

戦後、アベ・ピエールは政治活動にも関わり、1951年までムルト＝エ＝モゼル県の議員を務めます。議員としての報酬を最初の救援活動センターに注ぎ込むなど、その献身的な姿勢は一貫していました。1949年には、自身で資金を投じて社会から疎外された人々を救済する団体「エマウス」を設立。この団体は、不用品を回収・リサイクルして販売するというユニークな資金調達方法を採用し、フランス国内に115拠点、世界41カ国にまで広がる大きなネットワークを形成しました。

1954年2月1日、アベ・ピエールはラジオを通じてホームレス救援を訴え、大きな反響を呼びました。この経験から、彼はメディアの影響力を強く認識し、貧困問題への関心を喚起する活動を積極的に行いました。また、1980年代にはコリューシュが始めた貧困者救済活動『レスト・デュ・クール』を支持し、再び注目を集めました。1994年には、貧困層向け住宅の建設に消極的な大都市の市長を批判するなど、その活動は晩年まで衰えることはありませんでした。

しかし、1996年には修正主義者である哲学者ロジェ・ガロディを擁護したことで批判を浴び、後にこの発言を撤回する一幕もありました。晩年には、自身の死生観について語り、死を恐れない姿勢を示しました。2007年1月22日、肺感染症のためパリの病院で94歳で亡くなるまで、社会的弱者のために尽力し続けました。

アベ・ピエールの人気は非常に高く、フランス人が最も愛する有名人アンケートで長年1位に輝いていました。彼の死後、当時のシラク大統領は「ピエール氏は貧困、苦難、不正義に対する闘いを続け、連帯の強さを人々に示した」と哀悼の意を表しました。ノートルダム寺院で執り行われた国葬には、多くの人々が人種や宗教を超えて参列しました。

アベ・ピエールは、その独立独歩の精神や既成概念にとらわれない姿勢、そして反抗心から、多くの人々に支持されました。また、カトリックの聖職者でありながらも、ローマ教会とは一定の距離を置き、自身の信仰について語ることは稀でした。エマウス運動の非宗教性を主張したことも特筆すべき点です。

一方で、女性司祭の容認、聖職者の結婚、同性愛カップルによる養子縁組を支持する姿勢は、カトリック教会からは批判を受けていました。また、著書の中で女性との関係があったことを告白し、話題を呼んだこともあります。1992年にはレジオンドヌール勲章を授与されるも一旦は辞退し、後に受諾するというエピソードも彼の個性を際立たせています。1993年にはミッテラン大統領にボスニアへの軍事介入を求める手紙を送るなど、社会正義に対する強い思いを常に示していました。

アベ・ピエールは、その生涯を通して貧困と不平等に立ち向かい、社会変革のために尽力した人物でした。彼の行動は、多くの人々に勇気と希望を与え、その精神は今もなお受け継がれています。

主な著書（日本語訳版）

『遺言… 苦しむ人々とともに』 田中千春訳、人文書院、1995年
『神に異をとなえる者』 寺家村博, 寺家村和子訳、新教出版社、2012年

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