アリシア・マルコワ

アリシア・マルコワ（Dame Alicia Markova DBE, 1910年12月1日 - 2004年12月2日）は、20世紀のバレエ史において極めて重要な位置を占めるイギリス出身のバレエダンサーです。本名はリリアン・アリス・マークスといい、英国の首都ロンドンにユダヤ系の裕福な家庭の子として生を受けました。

幼い頃からバレエに非凡な才能を示し、亡命ロシア貴族であったセラフィマ・アスタフィエーワ女史からクラシックバレエの基礎的な指導を受けました。10歳になる頃には、ロンドンの小劇場で上演されたパントマイム劇に子役として出演するなど、早くから舞台の経験を積んでいます。

そのキャリアにおける大きな転換点となったのは、14歳の時に偉大な興行主セルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ・リュスへの入団でした。父親の死後、彼女はディアギレフの門を叩き、モンテカルロでのバレエ・リュス公演『ナイチンゲールの歌』でプロのバレリーナとしての初舞台を踏みます。当時、バレエ界には「ロシア人ダンサーこそが最高の踊り手である」という強い偏見が存在しており、これを避けるため、ディアギレフは彼女に「アリシア・マルコワ」というロシア風の芸名を与えました。バレエ・リュスの一員として、彼女はヨーロッパ各地を巡演し、その技術と表現力を磨いていきました。

マルコワは特に『ジゼル』における主人公の役柄で高く評価され、その繊細で儚い表現は多くの観客の心を捉えました。また、『くるみ割り人形』や『白鳥の湖』といったクラシックバレエの全幕作品で主役を踊った初めての英国出身ダンサーとしても歴史に名を残しています。その優雅で洗練された踊り、そして小柄ながらも舞台上で圧倒的な存在感を放ったことから、しばしば「小さなパヴロワ」と称され、往年の名プリマ、アンナ・パヴロワになぞらえられることもありました。

1929年にディアギレフが死去しバレエ・リュスが解散した後、マルコワは英国へ帰国します。帰国後は、当時設立されたばかりだったヴィック・ウェルズ・バレエ団（後のロイヤル・バレエ団の前身）の中心的なプリマドンナとして活躍しました。しかし、当時のヴィック・ウェルズ・バレエ団はまだ規模が小さく、彼女の飽くなき探求心を満たすには十分ではなかったため、バレエ・リュス・ド・モンテカルロなど他の著名なカンパニーにも客演しました。

第二次世界大戦中は、戦火を避けるため米国へ渡り、引き続きダンサーとしての活動を続けました。ハリウッドでは映画にも出演するなど、活躍の場を広げています。

戦後、1950年には、長年の舞台パートナーであったアントン・ドーリンと共に、自らのバレエ団「マルコワ・ドーリン・バレエ団」を設立します。このバレエ団は後にフェスティバル・バレエ団と改称され、さらに1989年にはイングリッシュ・ナショナル・バレエ団と名を改めています。このカンパニーは現在、ロイヤル・バレエ団、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団と並び、英国を代表する主要なバレエ団の一つとして活動を続けており、マルコワの英国バレエ界への貢献の大きさを物語っています。

舞台から退いた後も、彼女はバレエへの情熱を失いませんでした。亡くなる直前の2004年まで、自身が設立に関わったイングリッシュ・ナショナル・バレエ団の総裁を務め、後進の指導育成に尽力しました。2004年12月2日、バース市内の病院で94年の生涯を閉じました。

アリシア・マルコワは、単なる優れたダンサーであるだけでなく、英国バレエが国際的な地位を確立する上で欠かせない礎を築いた人物として、その功績は今なお高く評価されています。彼女の技術、芸術性、そして指導者としての情熱は、後世の多くのダンサーや振付家に影響を与え続けています。

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