セルゲイ・ディアギレフ

セルゲイ・ディアギレフ：伝説の興行師、バレエ・リュスの創始者

セルゲイ・ディアギレフ（1872年3月31日 - 1929年8月19日）は、ロシア出身の芸術プロデューサーであり、20世紀初頭のヨーロッパ芸術界に多大な影響を与えた人物です。彼は、美術雑誌『芸術世界』の創刊やバレエ・リュス（ロシア・バレエ団）の設立を通じて、バレエを総合芸術へと昇華させました。ディアギレフは、バレエダンサー、振付家、作曲家など、多くの才能あるアーティストたちを育成し、バレエの歴史にその名を刻んでいます。

生い立ちと『芸術世界』

ディアギレフは、ウラル山脈に近いペルミで比較的裕福な貴族の家庭に生まれました。幼少期をペテルブルクで過ごした後、ペルミに戻り、1890年にペテルブルク大学に入学しますが、法律の講義にはほとんど出席せず、芸術に没頭しました。声楽や作曲を学び、マリインスキー劇場での演奏会に頻繁に通う中で、アレクサンドル・ブノワ、レオン・バクストらと出会い、『芸術世界』の創刊へと繋がる芸術談義を交わしました。

作曲家としての道を断念したディアギレフは、義母の遺産を元手に西欧各地を旅行し、絵画を収集しました。1897年からは自らのコレクションによる展覧会を6回開催し、1898年には皇帝一家を招待して注目を集めます。同年、ブノワやバクストらと雑誌『芸術世界』を創刊し、西洋の美術やロシアの前衛的な芸術、日本の浮世絵まで、幅広い芸術を紹介しました。1905年には、ロシア美術の総決算として「ロシア歴史肖像画展」を開催し、大成功を収めました。

ロシア音楽演奏会とバレエ・リュスの誕生

ディアギレフは、1899年にマリインスキー劇場の特別任務要員に任命されましたが、組織内の対立により追放処分を受けました。その後、ロシア文化を西欧に紹介することで自身の存在感を示そうと、1906年にはパリでロシア人画家の展覧会を開催し、成功を収めました。この成功をきっかけに、パリの興行師ガブリエル・アストゥリュクやグレフュール伯爵夫人と協力し、パリで大規模なロシア音楽演奏会を企画しました。

1907年の演奏会では、ラフマニノフ、リムスキー＝コルサコフ、スクリャービン、グラズノフらロシアを代表する作曲家や演奏家が出演し、大成功を収めました。1908年には、シャリアピン主演の歌劇『ボリス・ゴドゥノフ』を上演し、観客を魅了しました。1909年には、マリインスキー劇場の夏季休暇を利用して、オペラとバレエを中心としたロシア音楽演奏会を企画しましたが、後援者の死や反対勢力の妨害により、資金援助や劇場の道具貸し出しが取り消されました。しかし、ディアギレフはバレリーナやスタッフの貸し出しは許可されたため、資金を集め、プログラムをバレエ中心に変更し、「セゾン・リュス（ロシア・シーズン）」を開催しました。この公演では、『アルミードの館』、『イーゴリ公』より「韃靼人の踊り」、『レ・シルフィード』などが上演され、アンナ・パヴロワ、ヴァーツラフ・ニジンスキー、タマーラ・カルサヴィナなどのダンサーの活躍がパリの観客に衝撃を与えました。この公演が、事実上バレエ・リュスの旗揚げとなりました。

1910年には、再びバレエ団を結成し、『火の鳥』や『シェヘラザード』を上演し、成功を収めました。バクストやブノワによる舞台美術も注目され、バレエをショウ的な要素を持つ総合芸術として発展させました。バレエ・リュスのエキゾチックな魅力は、フォーヴィスムの画家やアール・デコ様式にも影響を与えました。

バレエ・リュスの隆盛

1911年、ディアギレフは常設バレエ団バレエ・リュスを設立しました。彼は、「天才を見つける天才」として多くの芸術家を動員し、ミハイル・フォーキン、ヴァーツラフ・ニジンスキー、レオニード・マシーン、ブロニスラヴァ・ニジンスカ、ジョージ・バランシンらの振付家、ストラヴィンスキー、ラヴェル、ドビュッシー、プロコフィエフ、サティ、レスピーギ、プーランクらの作曲家、ピカソ、マティス、ローランサン、ミロらの画家を起用しました。また、ミシア・セールやココ・シャネルなど、パトロンたちの支援も得て、バレエ・リュスは新たな芸術の地平を切り拓きました。

バレエ・リュスでは、『火の鳥』、『ペトルーシュカ』、『春の祭典』など数々の革新的な作品が発表され、チャイコフスキーの『白鳥の湖』、『眠れる森の美女』やアダンの『ジゼル』などの古典作品も上演されました。また、オペラ上演にも関わり、リムスキー＝コルサコフやストラヴィンスキーの作品を取り上げました。

バレエ・リュスの終焉とディアギレフの死

1920年代に入ると、新興のスウェーデン・バレエ団やイダ・ルビンシュタインの一座がバレエ・リュスの地位を脅かし、公演の成功も以前ほどではなくなりましたが、ディアギレフは最後まで新しいバレエを生み出し続けました。1929年、ディアギレフは持病の糖尿病が悪化し、ヴェネツィアで客死しました。彼の死によってバレエ・リュスは解散しましたが、団員からはバランシンやリファールなど、バレエの歴史に名を残す多くの人材が輩出されました。

人物像

ディアギレフは同性愛者であり、自身の愛の対象を芸術で教育するという習慣を持っていました。ニジンスキー、レオニード・マシーン、アントン・ドーリン、セルジュ・リファールらがその対象として知られています。また、彼は迷信家であり、細菌感染を恐れ、占い師の予言を信じていました。

ディアギレフは、その生涯を通じて、バレエを単なる娯楽から総合芸術へと高め、20世紀の芸術に多大な影響を与えました。彼の情熱と才能は、今もなお多くの人々に感動を与え続けています。

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