アルバート・エッシェンモーザー

スイスの著名な有機化学者であるアルバート・エッシェンモーザー（1925年 8月5日 - 2023年7月14日）は、チューリッヒ工科大学とスクリプス研究所を拠点に、卓越した合成化学の手腕と生物有機化学への深い洞察力を融合させた研究を展開しました。彼の広範な業績は、天然物化学、合成化学、さらには生命の起源を探る分野にまで及びます。

エッシェンモーザーの初期における重要な貢献の一つは、レオポルト・ルジチカとの共同研究です。彼らはテルペンの化学構造や生合成経路を深く掘り下げ、特にスクアレンが環化してラノステロールが生成する機構を解明しました。この研究は、コレステロールなどの重要な生体分子であるステロイドの生合成経路に関する理解を飛躍的に深め、有機化学者がいかに複雑な生体反応のメカニズムを化学的な視点から探求できるかを示しました。

エッシェンモーザーの最も知られた業績の一つは、当時知られていた天然化合物の中でも極めて複雑な構造を持つ「シアノコバラミン」、すなわちビタミンB12の全合成研究です。1960年代初頭にこの困難な課題に着手し、ハーバード大学のロバート・バーンズ・ウッドワード教授との国際的な共同研究として進められました。このプロジェクトは、両研究室合わせて100人近い学生や博士研究員が数年にわたり集中的に取り組み、まさに現代有機合成化学における大規模共同研究の先駆けとなりました。複雑な分子構造を段階的に組み上げていく戦略、新しい合成手法の開発、そして極めて精密な立体化学制御は、当時の有機化学技術の限界を押し上げるものでした。この壮大なプロジェクトの成果は1973年に論文として発表され、有機合成化学の歴史において記念碑的な業績として高く評価されています。

エッシェンモーザーの独創的な研究は、彼の名が冠された化学反応や試薬にも残されています。「エッシェンモーザー・タナベ開裂」や「エッシェンモーザー塩」は、特定の有機変換を効率的に行うために彼が開発または関与した手法や物質であり、現在でも合成化学の現場で広く利用されています。

晩年に近い時期に彼が取り組んだもう一つの画期的な研究は、「トレオース核酸（TNA）」の開発です。これは、天然のDNAやRNAとは異なる骨格を持つ人工的な遺伝子ポリマーです。TNA鎖は、4炭糖であるトレオース単位がホスホジエステル結合で連結された構造を持っています。驚くべきことに、TNAもDNAやRNAと同様に、A、G、C、Tといった核酸塩基配列によって遺伝情報を保持する能力があることを示しました。この研究は、生命の起源における初期遺伝システムが、必ずしもDNAやRNAと同じ骨格を持っていたわけではない可能性を示唆するものであり、化学的な観点から生命の進化を考察する上で重要な知見を提供しています。

エッシェンモーザーはその傑出した研究業績により、生涯にわたって数多くの権威ある賞や栄誉を受けています。主要なものとして以下が挙げられます。

1966年 - アーネスト・ガンサー賞
1969年 - センテナリー賞
1974年 - オーストリア科学・芸術勲章、ウェルチ化学賞
1976年 - アウグスト・ヴィルヘルム・フォン・ホフマン・メダル
1978年 - デービーメダル
1981年 - テトラヘドロン賞
1984年 - アーサー・C・コープ賞
1986年 - ウルフ賞化学部門
1991年 - コテニウス・メダル
1998年 - ナカニシプライズ
1999年 - パラケルスス賞
2001年 - グランドメダル
2002年 - オパーリンメダル
2003年 - ロジャー・アダムス賞
2004年 - F・A・コットン・メダル
2008年 - ベンジャミン・フランクリン・メダル、パウル・カラー・ゴールドメダル

また、フリブール大学、シカゴ大学、エジンバラ大学、ボローニャ大学、ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学フランクフルト・アム・マイン、ルイ・パストゥール大学、ハーバード大学、スクリプス研究所、インスブルック大学など、世界各地の著名な大学から多数の名誉博士号を授与されています。1986年には王立協会の外国人会員にも選出されました。

アルバート・エッシェンモーザーは、その生涯にわたる革新的な研究を通じて、有機化学のフロンティアを大きく押し広げ、後進の研究者たちに多大な影響を与え続けた偉大な化学者です。

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