アルフレッド・ライオン

アルフレッド・ライオン（Alfred Lion、1908年 4月21日 - 1987年2月2日）は、ドイツ生まれの音楽プロデューサーであり、ジャズ史に燦然と輝くレコード・レーベル、「ブルーノート・レコード」の創設者として知られています。

生涯とブルーノート設立

1908年にベルリンで生まれたライオンは、若くしてダンス音楽やラグタイム、そしてジャズといった当時のアメリカ文化、特に音楽に強い憧れを抱いていました。その情熱に導かれ、1928年にはニューヨークへ渡ります。その後、ドイツに戻るなどしながらも、様々な職を経て、1937年にはニューヨークの貿易会社に入社し、ついにアメリカに定住することを決めました。

彼の運命を決定づけたのは、1938年にカーネギー・ホールで観たコンサート「スピリチュアルからスイングまで」でした。この演奏に深く感銘を受けたライオンは、自身のレコード会社を立ち上げる決意を固めます。翌1939年、彼は本業の傍ら、マックス・マーグリスと共にブルーノート・レコードを設立。ジャズのレコード制作を開始しました。

レーベル最初の録音は、設立間もない1939年1月6日に行われました。ブギウギ・ピアノの名手、アルバート・アモンズとミード・ルクス・ルイスという二人のピアニストを迎え、それぞれが数面にわたる12インチ盤の録音を残し、アモンズの「シカゴ・イン・マインド」やルイスの「ザ・ブルース」といった歴史的な音源が生み出されました。

独特の録音哲学と困難

1940年には、ベルリン時代からの友人であるフランシス・ウルフがアメリカへ渡り、ブルーノートに合流します。写真家助手として働きながらレーベル運営に加わったウルフは、ブルーノート初の事務所を西47丁目に開設しました。

アルフレッド・ライオンは、単に演奏を記録するだけでなく、ミュージシャンが最高のパフォーマンスを発揮できる環境づくりを重視しました。スタジオにはスコッチやバーボン、豊富な食事を用意し、長時間にわたる録音でも快適に過ごせるように配慮。また、ニューヨークの52丁目で夜通し演奏していたミュージシャンたちが、そのままの勢いで録音に臨めるよう、早朝にセッションをスケジュールするなど、彼らの真の表現力を引き出すための努力を惜しみませんでした。

しかし、ライオンの独自の音楽観は、常に商業的な成功と結びつくわけではありませんでした。彼は自分たちが気に入った音しか録音しないと言われることもあり、顧客層も熱心なジャズ・コレクターに限られていたため、レーベル経営は小さく、常に不安定な状態でした。

戦時中の思わぬ展開と多くの才能

皮肉なことに、レーベルが思わぬ形で利益を得る機会も訪れます。1941年、ブルーノートが27枚のレコードを発表した頃、アルフレッド・ライオンに召集令状が届き、彼の録音活動は一時停止を余儀なくされます。彼は1943年まで軍務に就きました。

ライオンの不在中、共同経営者のフランク・ウルフは、コモドア・ミュージック・ショップを経営するミルトン・ゲイブラーによって、その卸売部門に迎え入れられます。この販路を通じてブルーノートのレコードが流通するようになり、さらに軍の慰問事業として戦地の兵士たちにレコードが送られたことで、宣伝費をかけずに大量に販売が伸びました。これにより、ブルーノート・レコードは経営基盤を固めるための資金を蓄えることができたのです。

軍務中の1942年には、ライオンはテキサス駐屯中に結婚しています。

軍務を終えたライオンは再びブルーノートでの活動を本格化させ、ジェームス・Ｐ・ジョンソン、アイク・ケベック、セロニアス・モンク、バド・パウエル、アート・ブレイキー、ホレス・シルヴァー、マイルス・デイヴィス、ハービー・ハンコックといった、ジャズ界の歴史に名を刻む数多くの偉大なミュージシャンたちと契約し、時代を象徴する名盤を数多く生み出していきました。

技術革新と『ザ・サイドワインダー』の成功、そして引退

しかし、時代は常に変化し、レーベル運営には新たな困難も伴いました。1940年代後半から50年代にかけて、シェラック製78回転盤からビニール製LP盤へ、そしてマスターディスク方式からマスターテープ方式へと、録音・製造技術は大きく進歩しました。小さなレーベルにとって、これらの技術革新に追随するための設備投資は大きな負担となりました。

そのような逆境の中、ブルーノートは独自のスタイルを確立していきます。1953年から1954年にかけて、その後の「ブルーノート・サウンド」と呼ばれる多くの特徴が形成されました。

1963年に録音されたリー・モーガンのアルバム『ザ・サイドワインダー』は、レーベル史上最大のヒットとなります。ビルボードLPチャートで25位まで上昇し、1964年には全米のジュークボックスで頻繁にかけられるほどの人気を博しました。

この商業的な成功は、一方でブルーノートに混乱をもたらしました。卸売業者からの注文が殺到し、ヒット作に「似通った」レコードを求める声が高まりました。ライオンとウルフは対応に追われますが、レコード店が次のヒットが出るまで代金を支払わないといった商習慣も相まって、小規模なレコード会社は混乱状態に陥りました。

大手傘下へ、そしてブルーノートの復活

財政的な混乱と度重なる激務から、アルフレッド・ライオンは体調を崩してしまいます。この状況を受け、1965年、ブルーノート・レコードは大手のリバティー・レコードの傘下に入り、財政的な危機を乗り越えました。

リバティー傘下に入っても、スタジオでの録音スタイルに関しては、ライオンは自身の哲学に基づいたやり方を継続することができました。しかし、大組織特有の宣伝に関する打ち合わせや、膨大な書類作成と部署間でのやり取りといった、システマティックな業務が増加。こうした作業に疲弊したライオンは、1967年7月28日の録音を最後に、第一線での録音活動から退きました。体調の理由もあり、事実上の引退状態となりました。

ライオンの引退後も、フランク・ウルフはブルーノートの活動を続けましたが、モダンジャズの衰退とロックの隆盛といった音楽シーンの変化により、レーベルは再び困難な時代を迎えます。ウルフ自身も病を患い、手術を受けるものの、1971年3月8日に心臓発作で亡くなりました。

パートナーを失い、時代に翻弄されたブルーノート・レーベルは、1979年11月2日の録音を最後に、一度その活動を停止します。

しかし、ブルーノートの遺産は途絶えませんでした。1970年代半ばから1981年頃にかけて、音楽史家であるマイケル・カスクーナが、ブルーノートの膨大な音源カタログの発掘と再発売に取り組みます。彼はライオンたちが残した未発表音源や情報を収集し、歴史的に価値のある作品として、あるいは全集として世に送り出しました。この発掘作業には、日本のキングレコードからの情報提供も大きく貢献しました。

そして1984年、エレクトラ・レコードに在籍していたプロデューサー、ブルース・ランドヴァルが、EMIアメリカの会長からブルーノート再開の打診を受け、EMIアメリカ傘下となっていたブルーノート・レコードに移籍します。ランドヴァルはカスクーナを参謀役に据え、ブルーノートの復活に着手しました。

ブルーノートの復活を世に広く知らせるため、ランドヴァルとカスクーナは祝賀イベントを企画。ブルーノートに貢献した往年のミュージシャンたちを集め、創始者であるアルフレッド・ライオンを招いての祝賀コンサートが開催されました。1985年2月22日、ニューヨークで「ワン・ナイト・ウィズ・ブルーノート」と題されたこの歴史的な一夜には、ライオンが貴賓として迎えられました。

さらに日本の日本テレビがこのコンサートを日本へ紹介する形で、「マウント・フジ・ジャズ・フェスティバル・ウィズ・ブルーノート」を企画。第1回となる1986年の開催では、アルフレッド・ライオン自身が招かれ、その長年の功績が盛大に称えられました。

ジャズ界に多大な貢献を果たしたアルフレッド・ライオンは、1987年2月2日、心臓の衰弱により、78年の生涯を閉じました。彼が築き上げたブルーノート・レコードは、現在も世界中で愛され、ジャズの豊かさを伝え続けています。

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