アンカイオス

ギリシア神話の世界では、アンカイオス（古希: Ἀγκαῖος）という名前を持つ人物が複数存在します。中でも特に知られているのは、アルカディアー地方の王リュクールゴスの子と、エーゲ海のサモス島の支配者として記録される二人のアンカイオスです。興味深いことに、これら二人の人物にはいくつかの共通点が見られます。例えば、両者とも海洋神ポセイドーンの息子と語られる伝承があったり、イアーソーン率いるアルゴナウタイの一員として金羊皮を求める冒険に参加したり、そして最終的に猛り狂う猪によってその生涯を終えたりするなどです。

こうした共通点から、古来よりこれらのアンカイオスはしばしば同一視されたり、混同されたりしてきました。ここでは、著名な研究者であるロバート・グレーヴスの整理に基づき、区別のためにリュクールゴスの子を「大アンカイオス」、サモス島の領主を「小アンカイオス」として、それぞれの生涯や物語を分けて解説します。

大アンカイオス

大アンカイオスは、アルカディアー地方を治めたリュクールゴス王の息子として生まれました。母はクレオピューレー、あるいはエウリュノメーという名で伝えられています。系譜によっては、父リュクールゴスではなく海神ポセイドーンの子とされる記述も見られます。彼にはエポコス、アムピダマース、イーアソスという兄弟がいました。妻としてはイオーティスという女性を迎え、後にスパルタのヘレネーの求婚者の一人となり、アルカディアーの人々を率いてトロイア戦争に参加することになる息子アガペーノールをもうけています。

彼は英雄イアーソーンの呼びかけに応じ、アルゴナウタイの一員として船旅に参加しました。航海の途中で船の舵取り役だったティーピスが世を去った後には、アルゴー船の操舵を担い、船団を導きました。その武勇は並外れており、アルゴナウタイの中では、ヘーラクレースやテーセウスといった大英雄に次ぐ力量を持っていたと称えられています。

アルゴナウタイの遠征から故郷へ帰還した後、彼はカリュドーンの猪狩りという大きな事業に参加しました。これは、キュドーンの娘アタランテーが狩りに加わることになった際に、彼女が女性であることを理由に参加に反対の意を示したことでも知られています。狩りが始まると、大アンカイオスは手に持った斧（ラブリュス）を頼りに巨大な猪に果敢に立ち向かいました。しかし、猪の猛攻の前に力尽き、その牙によって突き殺されてしまったのです。

小アンカイオス

一方、小アンカイオスはエーゲ海のサモス島を支配した領主として語り継がれています。彼もまた、アルゴナウタイの一員として、金羊皮探索の冒険に参加したとされています。彼の物語で特に有名なのは、アルゴナウタイからの帰還後にまつわるある逸話です。

彼の治めるサモス島には広大なブドウ園がありましたが、ある時、一人の予言者が小アンカイオスに対し、「あなたは自分のブドウ園で収穫したブドウで作った酒を、決して口にすることはないだろう」と不吉な予言をしました。時は流れ、ブドウの収穫期を迎え、豊かな実りから作られた新しいワインが用意されました。予言が外れたことを示すために、小アンカイオスは件の予言者を呼びつけ、目の前で杯に注がれたブドウ酒を手に取りました。そして、「見よ、予言は外れた！」とばかりに、その酒を飲もうとしたのです。

しかし、その時予言者は静かにこう告げました。「唇と杯との間には、まだ多くのものがある！」と。予言者の言葉が終わるか終わらないかのうちに、騒がしい知らせが飛び込んできました。それは、彼の自慢のブドウ園が、一頭の獰猛な猪によって荒らされているというものでした。予言者の言葉に心をかき乱された小アンカイオスは、まだ一口もつけていなかった杯をその場に置き、急いで館を飛び出し、猪を仕留めるためにブドウ園へと向かいました。しかし、茂みに潜んでいた猪の不意打ちを受け、彼は予言通り、ブドウ酒を口にすることなく命を落としてしまったのです。

この小アンカイオスの悲劇は、後世において「人間の驕りに対する神の戒め」あるいは「運命から逃れることはできない」といった教訓を伝える物語として語り継がれ、ことわざとして広く知られるようになりました。

このように、アンカイオスという名を持つ二人の英雄は、それぞれ異なる物語を持ちながらも、アルゴナウタイへの参加や猪による最期という共通点によって、ギリシア神話の中で興味深い存在となっています。

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