アンセルム・ペイアン

アンセルム・ペイアン：酵素とセルロース発見のパイオニア

アンセルム・ペイアン (1795-1871) は、19世紀フランスを代表する化学者の一人です。彼の名は、ジアスターゼ酵素とセルロースの発見者として知られています。これらの発見は、生化学や材料科学の発展に多大な貢献を果たしました。

ペイアンの生涯は、化学への情熱と卓越した実業家の才能を兼ね備えた波瀾万丈なものでした。13歳の頃には、弁護士であり化学工場経営者でもあった父から化学の基礎を学びました。エコール・ポリテクニークでの研鑽を経て、彼は化学者としての道を歩み始めます。

23歳の時、ペイアンは父からホウ砂精製工場を継承しました。当時、ホウ砂の市場はオランダが独占していました。しかしペイアンは、ホウ酸からホウ砂を製造する独自の技術を確立。コストを大幅に削減し、オランダを凌駕する低価格で市場を制覇しました。

その後、父を失ったペイアンは、砂糖精製工場に興味を持つようになりました。砂糖大根から砂糖を精製する過程に着目し、活性炭を用いた脱色技術を開発。この技術革新は、砂糖製造工程を飛躍的に向上させ、世界的な砂糖生産において、サトウキビから砂糖大根への転換を加速させる要因となりました。

ペイアンの最も重要な貢献は、1833年のジアスターゼ酵素の発見です。麦芽抽出液からこの酵素を単離し、ギリシャ語に由来する「ジアスターゼ」(diastase) と命名しました。この命名は、以降、酵素の名称に「-ase」という接尾辞を用いる慣習の始まりとなりました。

さらに1834年には、植物細胞壁の主要成分であるセルロースを単離しました。木材の化学組成に関する研究から生まれたこの発見は、セルロース化学の基礎を築き、炭水化物の命名に「-ose」接尾辞が用いられるようになった契機となりました。

1835年、ペイアンは事業から身を引いて研究に専念することを決意しました。フランス国立工芸院やエコール・サントラル・パリなどの教授として教鞭を執り、フランス科学アカデミー会員として数々の論文を発表しました。彼の研究は、後の化学の発展に大きな影響を与えました。

今日、ペイアンの功績は、アメリカ化学会が贈る「アンセルム・ペイアン賞」として、セルロース関連研究に貢献した研究者を称えるために受け継がれています。この賞は、彼の科学への貢献がいかに高く評価されているかを象徴するものです。ペイアンの生涯は、科学への探究心と実業家としての鋭い洞察力、そして教育者としての献身が一体となった、稀有な存在であったと言えるでしょう。彼の業績は、現代科学の発展に多大な影響を与え続けています。

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