アントワーヌ・オーギュスタン・クールノー

アントワーヌ・オーギュスタン・クールノー（Antoine Augustin Cournot）は、1801年8月28日にフランスのオート＝ソーヌ県グレイで生まれ、1877年3月31日に75歳でその生涯を閉じた、フランスの哲学者であり数学者です。

主に数学者としてキャリアを積んだクールノーですが、経済学の分野に革新的な手法を持ち込んだことで、後世に大きな影響を与えました。特に、「限界革命」として知られる経済学理論の大転換期よりも半世紀も早い時期に、数理モデルを活用して複占市場や需要供給に関する理論を展開したことから、数理経済学の創始者と見なされています。また、著名な経済学者レオン・ワルラスが経済学の道に進むきっかけを作り、その一般均衡理論の着想にも影響を与えた一人として知られています。

クールノーの学術的なキャリアは、1821年に高等師範学校の前身であるポンショナ・ノルマルに入学するところから始まりますが、政治的な理由による学校閉鎖のためパリ大学に移り、1823年に数学の学士号を取得しました。卒業後、ローラン・グーヴィオン＝サン・シール元帥の秘書や息子の家庭教師を務めた後、著名な物理学者シメオン・ドニ・ポアソンの推薦を受けてリヨン大学理学部の解析学・力学教授に就任しました。その後も、文部行政に関する様々な高官のポストや、ディジョン・アカデミーの院長などを歴任し、学術行政の分野でも活躍しました。

クールノーの経済学における最も重要な著作は、1838年に出版された『富の理論の数学的原理に関する研究』（Recherches sur les principes mathématiques de la théorie des richesses）です。この著作の中で、彼は経済分析に数学的な記号や公式を初めて本格的に応用しました。今日の経済学においてもその影響は続いていますが、皮肉なことに、出版当時の評判は芳しいものではなく、厳しい批判にさらされました。クールノー自身もその評価に満足せず、二度も書き直しを検討したとされています。

経済学に対するクールノーの貢献は多岐にわたります。彼は数学的な関数や確率の概念を経済分析に導入し、特に需要と供給の関係を価格関数として捉え、その一階条件を導出しました。独占や複占に関する彼の理論、特に後述する「クールノーの複占モデル」は今日でも広く研究されています。多くの現代経済学者は、クールノーの研究が近代的な経済分析の出発点になったと考えています。

クールノーは、経済学における数学の活用について独自の哲学を持っていました。彼は、数学はあくまで理論の有効範囲を明確にし、不確実な事象をより確かな条件の中で表現するための道具であるべきだと考え、必ずしも厳密な数値計算による精密さを追求するものではない、という立場を保ちました。彼の研究は、後の計量経済学（エコノメトリクス）の発展にも影響を与えています。

クールノーの名前は、特に寡占理論におけるいくつかの重要な概念と結びついています。その代表的なものが「クールノーの複占モデル」です。これは、市場に二つの企業が存在する複占状態を分析するモデルであり、各企業がライバル企業の生産量（供給量）を変化しないものと仮定して、自身の利潤を最大化する生産量を決定するという考え方に基づいています。このモデルにおいて、どの企業も一方的に生産量を変更する誘因を持たない状態を「クールノー均衡」と呼びます。また、独占企業が利潤を最大化する生産量と価格の組み合わせを指して、「クールノーの点」と呼ばれることもあります。

クールノーの複占モデルでは、企業は相手の現在の生産量のみを考慮し、相手が自分の行動にどう反応するかを事前に計算に入れないという仮定が置かれていますが、このようなモデルから発展して、企業の戦略的な相互依存関係をより深く分析する「ゲーム理論」へと繋がっていきました。彼の先駆的な研究は、その後の経済学、特に産業組織論やゲーム理論の発展に不可欠な基礎を提供したと言えるでしょう。

晩年は視力をほとんど失っていたと伝えられていますが、クールノーの学術的な遺産は、今日に至るまで経済学の発展に貢献し続けています。彼の功績は、数学的手法が経済学にもたらす可能性を初めて具体的に示した点にあり、それは現在の経済学研究においても不可欠なものとなっています。

関連項目:

複占
寡占
独占
レオン・ワルラス
* シメオン・ドニ・ポアソン

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