イエスズメ

イエスズメ（家雀、学名 Passer domesticus）は、スズメ目スズメ科に分類される鳥類です。その和名は、学名を含めヨーロッパの多くの言語で「家」を意味する言葉が使われていることに由来しており、人間との密接な関係を示唆しています。

形態

全長は約14〜16センチメートル、体重は24〜38グラムで、日本のスズメ（Passer montanus）よりわずかに大きい傾向があります。翼長は6.9〜8.5センチメートル程度です。雌雄で体色が異なり、雄は日本のスズメに似ていますが、頭頂部が灰色で、まるで帽子をかぶっているように見えます。ただし、イタリア半島やコルシカ島に生息する亜種イタリアスズメ（P. d. italiae）ではこの部分が赤褐色になります。また、日本のスズメにある頬の黒い斑点はありません。一方、雌や若鳥は全体的に淡い茶褐色をしており、地味な印象です。特徴としては、目の上に薄い眉のような模様が見られる点が挙げられます。嘴の色は、日本のスズメと同様に、若鳥は黄色ですが成鳥は黒くなります。鳴き声も日本のスズメによく似ています。

分布

イエスズメは南極大陸を除くほぼ全ての大陸に分布する汎存種であり、鳥類の中で最も広い生息域を持つことで知られています。アフリカ大陸ではナイル川の下流域、大陸南部、セネガル周辺で見られ、近年はケニアのナイロビ周辺でも確認されています。ユーラシア大陸が主要な分布域であり、温帯域のヨーロッパや中央アジアを中心に、インド、中東、東南アジアといった熱帯地域、さらにはシベリアのような寒帯地域にも広く分布しています。しかし、東アジアの一部、具体的には朝鮮半島、日本列島、台湾、フィリピン群島、インドネシアなどには自然分布しておらず、中国でもその数は多くありません。これらの地域では、イエスズメの占める生態的地位に日本のスズメが入り込み、人間の生活圏に広く生息しています。もともと生息していなかった南北アメリカ大陸へは、1850年から1875年にかけてイギリスから害虫駆除目的で複数の都市に放鳥されたのが始まりです。その後活発に繁殖し、特に鉄道網の拡大に伴い、穀物などを積んだ貨物列車に便乗して新たな地域へと拡散しました。同様に、オーストラリアなどのオセアニア地域や、ハワイなどの島嶼部にも人間によって導入されました。東アジアの空白域であったインドネシアでも、人間の活動によって移入され、現在では定着しています。日本では、1990年以降に北海道の礼文島、利尻島、天売島、積丹半島などで一時的に観察された記録があります。特に利尻島や積丹半島では日本のスズメとの交雑・繁殖も報告されています。これらは、主にロシア沿海地方やサハリン北部から飛来した迷鳥（本来の生息地から外れて飛来した鳥）と見られています。その他、秋田県、舳倉島、見島などでも迷鳥として確認されています。

亜種

イエスズメには多くの亜種が確認されており、広い分布域における地域的な変異が見られます。主要な亜種として、ヨーロッパからモンゴル、シベリア、中国北部に分布する基亜種イエスズメ（P. d. domesticus）や、フランス南東部、イタリア、コルシカ島に分布する亜種イタリアスズメ（P. d. italiae）などが挙げられます。ただし、亜種イタリアスズメは独立種として扱われたり、スペインスズメ（Passer hispaniolensis）の亜種とされるなど、その分類には議論があります。

生態

イエスズメは雑食性で、果実、植物の種子、昆虫類などを食べます。本来は種子食に適した太く短い嘴を持っており、特にイネ科植物の種子を割るのに都合の良い構造です。昆虫は成鳥も捕食しますが、主に雛の餌として利用されます。ヨーロッパなど、日本のスズメと分布が重なる地域では、イエスズメがスズメよりも優勢となり、人間の生活圏における主要な鳥類となっています。このため、スズメは人里から離れた森林などに生息する傾向があります。他のスズメ属の鳥と競合する場合も、多くの場合、体が大きく都市環境への適応力が高いイエスズメが優先されますが、地域によっては混じり合って生息している場所もあります。繁殖期は春から夏にかけてで、人家の隙間や廃屋などに営巣します。イエスズメは比較的攻撃的で、縄張り意識が強い傾向があり、営巣に適した場所では自分より体の大きな鳥の巣でも奪うことがあり、すでに雛が孵っている場合は、雛を排除して自身の営巣に利用することさえあります。通常、年に2〜3回繁殖を行い、一度に5〜6羽の雛を育てますが、無事に成鳥まで育つのは年に3羽程度とされています。野生下での寿命は2〜3年程度ですが、飼育下では14年間生きた記録があります。

人間との関係

イエスズメは典型的なシナントロープ（人間共生動物）であり、その起源はナイル川下流域にあると推測されています。古代エジプトで始まった農耕文化の広がりや、それに関連する人間の移動に伴って、世界中に生息域を拡大したと考えられています。例えば、シベリアではシベリア鉄道の開通後にその沿線から徐々に分布を広げていった経緯が記録されています。ヨーロッパからの入植者が移り住んだ南北アメリカやオーストラリア、その他多くの島嶼部へは、害虫駆除などを目的に人間によって移入され、入植者とともに移動して定着しました。発祥の地とされるアフリカでも、南アフリカやセネガル、ナイロビ周辺の個体群は同様に移入されたものです。東アジアにおける分布が手薄なことについて、稲作中心の地域より麦作中心の地域を好むためとする説もありますが、タイやベトナムといった稲作地帯にも自然分布していることから、この説は決定的なものではありません。イエスズメは都市環境に対する適応力が非常に高く、日本のスズメと異なり、人間の出したゴミや残飯だけで繁殖を行うことさえ可能です。そのため、英語圏では「feathered mouse（羽ねずみ）」や、ハワイではファストフード店のゴミ箱によくいることから「Hamburger sparrow（ハンバーガースズメ）」といった俗称で呼ばれることがあります。これらの呼称からもわかるように、イエスズメはアメリカ合衆国においては法律で保護されていない唯一の鳥類となっています。ヨーロッパの公園などでは人慣れしており、手から餌をついばむほど接近することもあります。これは長年にわたる人間との共生と保護の結果と考えられますが、保護されていない地域では警戒心が強い個体が多いです。1990年代以降、ヨーロッパの一部地域では個体数が原因不明で激減しており、その要因については様々な可能性が指摘されていますが、明確な特定には至っていません。

ウルム（ドイツの都市）では、イエスズメが市のマスコットとなっており、街のいたるところでその像を見ることができます。

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