イスラームの陶芸

イスラームの陶芸：火の芸術と精神世界

イスラーム文化圏における陶芸は、偶像崇拝を厳しく制限する美術において、古くから重要な芸術分野として隆盛を極めました。食器や建築装飾タイルなど、その多様性に富む作品群は、イスラーム世界における美的感性と技術力の高さを雄弁に物語っています。本稿では、イスラーム陶芸の歴史、製法、装飾技法、そして時代を彩った代表的な作品群について、詳細に解説します。

イスラーム陶芸の研究：断片からの再構成

イスラーム陶芸の研究は、現存する作品と限られた文献資料に基づいて行われます。実物資料の科学的分析や、作品再現を目指す実験室での分析が重要な役割を担います。しかしながら、陶芸に関する歴史的文献は非常に稀で、断片的・逸話的な情報が他の文献に散見される程度です。例外的に、陶芸が本格的に扱われた文献としては、1035年のアル・ビールーニーの鉱物学論（エナメルの方法について言及）、1196年の匿名の『宝飾の書』（ラスター彩の技法記述）、1301年のアル＝カシャニによる陶工の記事（多くの制作法記載）、1888年のアリー・ムハンマド・イスファニの書物などが挙げられます。

こうした資料の不足は、イスラーム陶芸の全体像を把握することを困難にしています。作品は工房単位で製作され、署名がないことがほとんどであったため、作者や工房の特定も容易ではありません。また、輸出された作品も多く、産地を特定することも課題となっています。考古学的調査による窯の発見や、出土遺物からの分析が、産地特定に重要な手がかりとなります。

陶器の製法：素材と技法

イスラーム陶器の製法は、素材と技法の多様性に特徴があります。

素材

胎土には、粘土質と珪土質の2種類があります。粘土質胎土は加工が容易で、色や薄さに幅があります。11世紀頃までは広く用いられ、日常的な陶器などに用いられました。「卵殻陶器」のように、白く薄い陶器を作ることも可能です。一方、珪土質胎土は加工が難しい反面、白く薄く硬い陶器が作れるため、中国磁器の模倣にも用いられました。10～11世紀には、粘土・珪土混合による陶器も作られました。

スリップ（エンゴーベ）は、酸化物を混ぜた薄めた粘土で、胎土の欠陥を隠したり、装飾を行うために用いられました。釉下スリップ彩陶器などがその代表です。

釉は、防水と装飾を兼ねた層で、鉛釉とアルカリ釉に大別されます。酸化錫や酸化アンチモンなどを加えて不透明にすることが多く、金属酸化物を着色料として用いました（コバルト：青、マンガン：黒・褐色、鉄：赤、鉛：白、銅：緑・青緑、アンチモン：黄色など）。

制作

造形には、こねる、轆轤を用いる、型を用いる、の3つの方法があり、これらを組み合わせることもありました。

装飾技法は多岐に渡り、起伏によるもの（型押し、型取り、彫り、部品の取り付け）と色彩によるもの（有色のスリップや釉、金属酸化物、陶器モザイクなど）があります。

特に色彩による装飾では、有色の釉や、釉上（ファイアンス）、釉下（ハフト・ランギ）への着彩など、多彩な技法が発展しました。

焼成

焼成は、作品完成の鍵となる重要な工程です。窯の種類、温度、回数、酸化・還元環境などは、用いる技法や素材によって決定されます。作品は窯入れ棒などに掛けて、または粘土のハマを用いて窯に詰められます。

イスラーム陶芸の歴史：時代と技法の変遷

8世紀：ウマイヤ朝

ウマイヤ朝時代には粘土質胎土のみが使用され、パルティア、サーサーン朝、東ローマ帝国の技法や装飾、器形を受け継いでいました。無釉の陶器が多く、品質にばらつきが見られます。「卵殻陶器」のように、優れた技量を持つ作品もありました。釉の使用はサーサーン朝時代から知られており、青、緑、黄色の釉薬を用いた陶器も存在しました。

9～10世紀：アッバース朝

アッバース朝時代には、ファイアンスとラスター彩という革新的な技法が登場しました。

ファイアンスは、不透明釉の上に金属酸化物で装飾を描く技法で、青と白の装飾が一般的でした。植物文様、幾何学文様、文字文様が施されました。イラクで発明され、各地に広まりました。

ラスター彩は、酸化焼成と還元焼成を2回行う技法で、金属光沢による装飾が特徴です。建物のタイル装飾などにも用いられました。多色と単色のラスター彩があり、単色の方は動物や人間の図像も描かれました。

多彩釉陶器も登場し、異なる色の釉薬を垂らしたり、振りかけたりする技法で、中国の三彩と類似していますが、別個に発展したものと考えられています。

10～13世紀：スリップ装飾と珪土質胎土

10～13世紀には、スリップによる装飾が発達しました。「ズグラッフィート」（掻落し）、シャンルヴェなど、様々な技法が用いられました。また、珪土質胎土の登場は、中国磁器の模倣を目指す試みとして大きな転換点となりました。

ミーナーイー（ハフト・ランギ）は、セルジューク朝イランで発展した技法で、複数の焼成と温度調整により多彩な色を実現しました。

シリアでは、透明釉の下に少数の色で彩色する技法が発展しました。

14～16世紀：ラージュヴァルディーナとクエルダ・セカ

モンゴル支配下では、「ラージュヴァルディーナ」と呼ばれる小焚の技法が定着しました。鮮やかな青の釉薬が特徴です。

「クエルダ・セカ」は、複数の色をマンガンなどを用いて仕切る技法で、スペインやサファヴィー朝イランで用いられました。陶芸によるモザイク装飾も発展しました。

三大帝国の時代

ムガル帝国では陶芸が衰退した一方、オスマン帝国ではイズニク陶器が隆盛を極めました。珪土質胎土と鉛釉を用い、釉下彩で装飾されました。

サファヴィー朝では、中国磁器の模倣が試みられ、クバチ陶器などが制作されました。

結び

イスラーム陶芸は、実用的な器から芸術性の高い作品まで、多様な作品を生み出し、イスラーム美術全体において重要な役割を果たしました。その歴史、技法、そして作品群は、イスラーム文化の豊かさを示す貴重な遺産です。

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