イドリブ県

イドリブ県：シリア内戦の渦中にある歴史と文化の土地

シリア北西部に位置するイドリブ県は、面積約6000平方キロメートル、人口約136万人（2007年推計）の地域です。北はトルコ、東はアレッポ県、南はハマー県、西はラタキア県と接しており、古くからシリア有数の穀倉地帯として知られています。

豊かな歴史と古代遺跡

イドリブ県は、古代オリエント文明以来、重要な拠点として栄えてきました。肥沃な土地では小麦や綿花、果実などが盛んに栽培され、織物産業も発展していました。現在も、テルと呼ばれる古代都市の遺跡が点在し、エブラ遺跡はオリエント文明解明の重要な手掛かりとなっています。ヘレニズム期やローマ帝国時代の遺跡も数多く残されており、シリアの歴史と文化を深く知る上で重要な地域です。

シリア内戦による混乱と人道危機

2011年に勃発したシリア内戦は、イドリブ県にも大きな影響を与えました。政府軍と反政府勢力の支配地域が入り乱れ、治安は悪化の一途を辿りました。内戦初期には、赤十字国際委員会やシリア・アラブ赤新月社のスタッフが拉致される事件や、自動車爆弾によるテロも発生しました。

2016年には、県都イドリブ近郊のシーア派の町を除くほぼ全域が反政府勢力の支配下に置かれ、その後はタハリール・アル＝シャーム（HTS）や国民解放戦線（NFL）といった勢力が影響力を拡大しました。トルコとロシアはそれぞれ反政府勢力と政府軍を支援し、イドリブ県内には非武装地帯も設置されましたが、複雑な地政学的状況の中で、戦闘は断続的に続いています。

2019年には、HTSによる県全域掌握、それに続くシリア政府軍とロシア軍による激しい爆撃、そして大規模な避難民発生といった事態が相次ぎました。同年10月には、アメリカ軍特殊部隊によるISIL指導者アブー・バクル・アル＝バグダーディー殺害作戦（カイラ・ミューラー作戦）が、イドリブ県で行われました。この作戦は、アメリカ軍ヘリコプターがロシア軍の管轄空域を通過するという、複雑な状況下で行われたものです。

2020年には、政府軍によるイドリブ県への攻撃が激化し、約52万人がトルコ国境へ避難を試みましたが、トルコは受け入れを拒否しました。2022年には、アメリカ軍がイドリブ県のアトメにあるISILの拠点を急襲し、最高指導者アブイブラヒム・ハシミが自爆死しました。

イドリブ県の現在

イドリブ県は、シリア内戦の長期化により、深刻な人道危機に直面しています。多数の避難民、破壊されたインフラ、そして不安定な治安状況は、住民の生活を大きく脅かしています。国際社会の支援と、関係国の協力による和平交渉が、イドリブ県の復興と安定のために不可欠です。

行政区分

イドリブ県は、アリーハー郡、ハーレム郡、イドリブ郡、ジスル・アッ＝シュグール郡、マアッラト・アン＝ヌウマーン郡の5つの郡から構成されています。主要都市としては、イドリブとマアッラト・アン＝ヌウマーンがあります。

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