イナクセシブル島

イナクセシブル島：大西洋の秘境

イナクセシブル島は、南大西洋に位置するイギリスの海外領土、トリスタンダクーニャ諸島に属する小島です。その名の通り、険しい地形とアクセス困難な場所から「近寄りがたい島」という意味を持つこの島は、手つかずの自然が残る貴重な場所として知られています。トリスタンダクーニャ島から南西約32kmに位置し、面積は約14平方キロメートル、最高峰は561メートルに達する火山島です。

歴史：探検と入植の試み

イナクセシブル島への最初の記録は、1652年にオランダ船「ナハトグラス号」が上陸を試みたものの、内陸への進出に失敗したことに遡ります。その後、1778年にはフランス船も上陸に失敗、これらの出来事が島の名前の由来となったとする説が有力です。

1816年には、トリスタンダクーニャ島に駐留していたイギリス軍の一部が撤退する際に、ウィリアム・グラス伍長とその家族が島に残りました。彼らが持ち込んだ家畜は島の生態系に影響を与えたと推測されますが、その後の消息は不明です。

1871年には、ドイツ人兄弟がアメリカ捕鯨船から島に上陸し、アザラシ狩りを目的として3ヶ月間滞在しました。しかし、ボートを失い、捕鯨船の帰還を待つことになりました。食料は、グラス伍長が放したとされるヤギや豚に頼り、厳しい生活を強いられた後、1873年にイギリス海軍の調査船によって救助されました。

1938年にはノルウェーの科学探検隊が3週間滞在し、植物、鳥類、地質標本などを採取しました。戦後には農場開発計画が持ち上がりましたが、実現せず、島の豊かな自然はそのまま守られることとなりました。その後も、幾度かの探検や調査が行われ、徐々に島の詳細が明らかになっていきました。中でも、1982年から1983年にかけて、イギリスのデンストン・カレッジの教師と生徒による詳細な調査が、島の地図作成や地質、動植物の研究に大きく貢献しました。

地形と生物：手つかずの自然

イナクセシブル島は、険しい海岸線と断崖絶壁が特徴で、内陸部は起伏に富んでいます。島は主に火山性の岩石で構成され、人里離れた無人島です。トリスタンダクーニャ島の住民や科学者以外の人間は、ほとんど訪れることがありません。

この島は、驚くほど多様な動植物の宝庫です。3000羽を超える海鳥が生息し、ゴウワタリアホウドリ、メガネミズナギドリ、キタイワトビペンギン、ススイロアホウドリなど、24種以上の海鳥と陸鳥の繁殖地となっています。また、アナンキョクオットセイも繁殖しており、固有種である飛べない鳥、マメクロクイナも生息しています。周辺海域には、ロブスターの一種であるJasus paulensisが生息し、漁業が行われています。特筆すべきは、外来種の哺乳類が存在しないという点です。この事実は、島の生態系の希少性を際立たせています。

世界遺産登録

イナクセシブル島は、2004年に近隣のゴフ島とともにユネスコの世界遺産に登録されました。登録基準は、(7)「ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの」と(10)「生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの」です。手つかずの自然と希少な動植物相が評価され、世界自然遺産として保護されています。2008年にはラムサール条約にも登録されています。

まとめ

イナクセシブル島は、アクセス困難な地理的条件と、独自の生態系を持つ、まさに「近寄りがたい島」です。しかし、そのアクセス困難さが、豊かな自然を保護することに繋がっていると言えるでしょう。これからも、この貴重な自然遺産が守られ、未来へと受け継がれていくことが期待されます。

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