イヌガヤ

イヌガヤ（犬榧）

イヌガヤは、イチイ科イヌガヤ属の常緑小高木で、学名は Cephalotaxus harringtonia です。山地に自生し、別名としてヘビノキ、ヘダマなどとも呼ばれます。属名の Cephalotaxus は「頭状の花をつけるイチイ」を意味し、種小名の harringtonia は人名に由来します。和名の「イヌガヤ」は、カヤに似ているものの、実が食用に適さないことに由来します。

分布と生育環境

イヌガヤは、日本、朝鮮半島、中国大陸中北部に分布しています。日本では、岩手県以南から鹿児島県屋久島まで広く見られます。ブナ帯などの多雪地帯には少なく、暖温帯上部の渓谷などの夏緑広葉樹林に生育します。耐陰性が強く、スギ林の林床でも生育することができます。

特徴

イヌガヤは、樹高が6〜10m程度（稀に15m）の常緑針葉樹です。樹皮は暗褐色で、短冊状に剥がれます。若枝は緑色で無毛です。雌雄異株で、雄花は前年枝の葉の付け根に多数つき、雌花は枝の先に少数つきます。葉は線形で、長さ3〜5cm、幅3〜4mmです。葉の先端は短く尖っており、カヤの葉に似ていますが、質は柔らかく、触れても痛くありません。葉の裏面には2条の灰白色の気孔帯があります。

花期は3〜4月で、雄花は球状に集まって咲きます。果実は翌年の10月頃に熟し、褐紫色になります。種子には油が含まれており、かつては灯明用として利用されました。実は苦く、食用には適しません。

変種・品種

イヌガヤには、いくつかの変種と品種があります。

イヌガヤ (Cephalotaxus harringtonia var. harringtonia)：基本種。
ハイイヌガヤ (Cephalotaxus harringtonia var. nana)：葉が短く、果実が赤く熟し、甘味がある変種。
チョウセンマキ (Cephalotaxus harringtonia f. fastigiata)：葉が螺旋状につく園芸品種。
タイワンイヌガヤ(Cephalotaxus wilsoniama) はイヌガヤの異名（シノニム）

利用

イヌガヤは、様々な用途で利用されてきました。

材木

材は緻密で硬く、粘りがあり、耐久性に優れています。古代には弓の材料として利用されました。縄文時代の遺跡からは、イヌガヤで作られた弓や矢じりが多数出土しており、当時の狩猟生活を物語っています。また、丸木舟の櫂にも利用されました。現在では、細工物などに利用されています。

油脂

イヌガヤの種子から採れる油は、かつて灯火用として利用されていました。特に、凝固点が低く、寒冷地でも凍結しにくい性質から、冬の神事などで重宝されました。また、理髪にも用いられたようです。

食用

種子の外皮は甘みがあり、食べられないことはありませんが、ハイイヌガヤの方が味が良いとされています。

園芸

チョウセンマキなどの品種は、庭木として利用されています。

医薬品

イヌガヤの葉から発見されたホモハリングトニンは、慢性骨髄性白血病に対する抗がん剤として利用されています。

参考文献

牧野富太郎 著、前川文夫・原寛・津山尚 編『牧野新日本植物圖鑑』（2版）北隆館、1961年。
鈴木三男「イヌガヤ科」『植物の世界 11（種子植物）』、朝日新聞社、1997年10月、280 - 281頁、ISBN 4-02-380010-4。
鈴木三男「縄文時代の弓とイヌガヤ」『植物の世界 11（種子植物）』、朝日新聞社、1997年10月、280頁、ISBN 4-02-380010-4。
鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文『樹皮と冬芽：四季を通じて樹木を観察する 431種』誠文堂新光社〈ネイチャーウォチングガイドブック〉、2014年10月10日、243頁。ISBN 978-4-416-61438-9。
深津正『燈用植物』法政大学出版局〈ものと人間の文化史 50〉、1983年。
林弥栄編 『日本の樹木』 山と谷溪社　山溪カラー名鑑 1985年9月1日第1刷発行 ISBN 4635090175

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