イファト・スルタン国

イファト・スルタン国は、概ね1285年から1415年頃まで、現在のエチオピアの首都アディスアベバ周辺から東方にかけて存在したイスラーム勢力による国家です。紅海沿岸の港湾都市ゼイラに至る重要な交易路を掌握し、その経済力を基盤として発展しました。しかし、その領域拡大は隣接するキリスト教国、エチオピア帝国との長期にわたる緊張と衝突を引き起こすことになります。

地理と経済基盤

イファトの支配領域は広大で、14世紀の歴史家イブン・ファドルッラー・アル＝ウマリーは、紅海沿岸部まで広がるこの国が、旅程にして15日から20日を要する広さであったと記しています。彼はまた、イファトが約1万5千の騎兵と2万の歩兵からなる強力な軍事力を有していたこと、そしてベルクルザール、クルジュラ、シミ、シェワ、アダル、ジャメ、ラボーといった主要な七都市が存在したことを報告しています。研究者の中には、この他にファタガル、ダワロ、バレなどの都市も支配下に置いていたと推定する説もあります。国の中心地はワララーに置かれ、これは現在のアディスアベバの東北東約80キロメートルに位置するワラレであると考えられています。支配領域の境界については、東はアワッシュ川付近、西はジャマ川、北はアバダイ川であったとする見解も存在します。イファトの繁栄は、内陸部で産出される金や象牙などをゼイラ港から輸出する交易ルートの掌握に大きく依存していました。

歴史

イスラーム商人の活動と建国前史

イファトが成立する以前から、現在のエチオピア高原と紅海沿岸を結ぶ交易路は重要な役割を果たしていました。特に金や象牙の輸出において、港湾都市ゼイラを経由するルートは生命線でした。10世紀末から11世紀初頭にかけて、これらの交易を担ったイスラーム商人の活動が活発化し、彼らを通じてイスラーム教が徐々に内陸部に浸透していきました。11世紀頃には、後にエチオピア帝国の首都となるシェワ地域にまでイスラーム勢力は影響を及ぼしていました。シェワは当時、キリスト教徒とイスラーム教徒が混在する地域でした。エチオピア高原北部を支配していたザグウェ朝が、南部で交易路に関わるイクノ・アムラクらの勢力（後のエチオピア帝国）によって打倒された背景には、この交易ルートの経済的重要性増大が一因として挙げられます。

建国とエチオピア帝国との対立

イファトが歴史にその名を現すのは13世紀後半です。1285年頃、イファトの支配者であったウマル・ワラシュマ、あるいはその息子アリが、シェワに存在したイスラーム系国家を征服したことが記録されています。この出来事は、同時期にシェワへの影響力拡大を目指していたエチオピア帝国の建国者イクノ・アムラクとの間に深刻な対立を生み、以降、両勢力は長期にわたる抗争を繰り広げることになります。イファト側の勢力は必ずしも一枚岩ではなく、内部の不統一もあり、全体としてはエチオピア帝国が優位に立つことが多かったとされます。

エチオピア帝国による征服と属国化

14世紀に入ると、エチオピア帝国の勢力はさらに拡大します。特に皇帝アムダ・セヨン1世の時代には、イファトへの大規模な遠征が行われました。激しい戦いの末、イファトはエチオピア帝国に打ち破られ、当時のイファト王ジャマールッディーン1世は廃位され、その兄弟であるナスルッディーンが新たな王に据えられました。これにより、イファトはエチオピア帝国の属国となり、その支配領域は紅海沿岸のゼイラにまで及んでいたことが確認されています。

反乱と滅亡

属国となった後も、イファトではエチオピア帝国に対する反乱が繰り返されました。15世紀初頭、エチオピア皇帝は再びイファトの反乱を鎮圧するため、大規模な軍を派遣しました。イファト軍は敗れ、王サアドッディーン2世はゼイラへと逃れましたが、最終的に捕らえられて殺害されました。この出来事の正確な年代や実行者については諸説あり、中世の歴史家アル＝マクリーズィーは1403年にエチオピア皇帝ダウィト1世がアダル（サアドッディーンの支配地）の王を殺害したと記していますが、1415年に皇帝イシャク1世が殺害したとする記録も存在します。イシャク1世は、この戦いの勝利を記念して作られた歌の中で「ソマリ」という言葉を初めて文献に登場させています。

その後

イファト・スルタン国の滅亡によって、この地域のイスラーム勢力は一時的に力を失いました。しかし、イファトの支配者一族の一部が後に勢力を回復し、主にアダル地域を中心にアダル・スルタン国を建国しました。イファトの旧領域にも再びイスラーム教徒が居住するようになりましたが、その後、この地はオロモ人の居住地となりました。かつてスルタン国が存在した「イファト」という名称は、現在もエチオピアのオロミア州内に地名として残されています。

もう一度検索