イクノ・アムラク

イクノ・アムラク（ソロモン朝創始者、エチオピア帝国初代皇帝）

イクノ・アムラク（アムハラ語: ይኵኖ አምላክ、Yekuno Amlak、？ - 1285年6月19日没）は、エチオピアの歴史において極めて重要な人物であり、ソロモン朝の創始者として、1270年から1285年までエチオピア帝国の初代皇帝を務めました。彼によって開かれたソロモン朝は、一時的な中断はあったものの、1975年まで長期にわたりエチオピアを支配しました。イクノ・アムラクの名前は、イェクノ・アムラクやユクノ・アムラクとも表記されます。彼の血筋は、古のアクスム王国の最後の王デイルナードに繋がると伝えられています。

生涯と伝承

イクノ・アムラクの生涯に関する情報の多くは、文字記録ではなく口承伝承によって伝えられています。これらの伝承に共通するのは、彼の母親が現在のアムハラ州Dessie Zuria woredaにあたるサガラット地方を支配していたアムハラ人首長に仕える女奴隷であったという点です。彼はエチオピア高地の東寄りに位置するハイク湖近くのアンバ・セルにあるイスティファノス修道院で教育を受けたとされます。伝承では、この修道院で聖テクレ・ハイマノットに師事し、ザグウェ朝打倒の協力を得たとされています。しかし、この聖職者による政治的関与の大きさについては、イギリスの歴史家G.W.B.ハンティングフォードらが、ソロモン朝と関係が深いイスティファノス修道院長のイエズース＝モアによって美化された可能性を指摘するなど、批判的な見解も存在します。

伝承によれば、イクノ・アムラクはザグウェ王ザ・イルマクヌン（「知られていない者」の意）によって投獄されましたが、見事に脱獄に成功しました。その後、自身の本拠地であるアムハラやショア地方で支持者を集め、軍隊を組織し、1268年からザグウェ朝に対する反乱を開始したとされます。そして、1270年にザグウェ朝を滅ぼし、帝位に就きました。彼が倒したザグウェ王については諸説あり、歴史家のタディセ・タムラトは、呪われた記録として公式記録から削除されたヤットバラクではないかと推測しています。一方、ウェッロ地方の年代記作者ゲタチュー・メコーネン・ハサンは、ナクト・レアブであった可能性が高いとしています。

イクノ・アムラクがザグウェ朝を打倒するほどの勢力を築けた背景には、アムハラやショア地方のキリスト教徒だけでなく、イスラム教勢力との連携もあったようです。その根拠として、彼を描いた絵画にムスリムや奴隷に囲まれて玉座に就く様子が描かれていることや、マムルーク朝のスルターン、バイバルスに送った手紙の中で自身を「スルタンのつつましいしもべ」と称し、麾下に多数のイスラム騎兵がいることに言及していることが挙げられます。

治世と対外関係

イクノ・アムラクの治世中、彼はアベイ川の南方地域に勢力を持つダモト王国との抗争を続けました。彼の帝国に関するより確実な記録は、彼と交流のあった他国の史料から得られることが多いです。E.A.ウォリス・バッジによれば、イクノ・アムラクは東ローマ帝国の皇帝ミカエル8世と書簡を交わし、贈り物としてキリンを贈ったとされています。

また、近隣のイスラム勢力とも友好関係を維持していました。しかし、エチオピア正教会からAbuna（主教）の称号を授けられていることから、教会との深い関わりを持つ一方、イスラム勢力との関係においては一定の距離を保っていたと考えられます。前述のように、彼はマムルーク朝のバイバルスとも何度か書簡を交換しています。バイバルスは当時、エチオピア正教会の最高権威であるアレクサンドリア総主教に対して宗主権を持っていました。1273年、バイバルスによって新しい主教が任命されましたが、この書簡はイクノ・アムラクからの最初の要求ではなかったようです。これは、書簡が届く前に、イエメンのスルタンによってカイロに派遣した使者の旅程が妨げられたことについて、彼が抗議していることからうかがえます。

宗教面では、イクノ・アムラクは熱心なキリスト教徒であり、教会の建設を奨励し、多大な土地を寄進したと伝えられています（一説には領土の3分の1に及んだとも）。ラリベラの近くには、彼が建設を命じたとされるゲネテ＝ミリアム教会があり、その壁画はエチオピアに残る最も古い年代のものの一つとされています。また、タムラトによれば、イクノ・アムラクの息子の一人はシリアの司祭でしたが、アレクサンドリア総主教に冷遇されたといいます。当時、アレクサンドリアとアンティオキアの総主教は、エルサレム総主教の叙任権を巡って争っており、アンティオキア総主教イグナティウス3世ダヴィドがエチオピアの巡礼者の主教として叙任されたことが、この論争の発端となったようです。ただし、巡礼者がエチオピアの主教位を得ていたかは定かでなく、コプト正教会の主教がイクノ・アムラクに、国内のシリア系コプト教会支持者に頼るよう強要することはなかったと考えられています。

死後

イクノ・アムラクの崩御後、息子であるソロモン1世が第2代皇帝として即位しましたが、その治世は不安定であったと伝えられています。その後、帝位を巡る争いが勃発し、国内は一時的に混乱しましたが、イクノ・アムラクの孫にあたるアムダ・セヨン1世が帝位に就くことで、政治的な混乱は収束に向かいました。

イクノ・アムラクは、伝承に彩られた部分が多いものの、ザグウェ朝を打倒し、その後のエチオピア帝国の基礎を築いたソロモン朝の創始者として、現在もエチオピア史における英雄的な存在として記憶されています。

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