インブリー館

東京都港区にある明治学院大学白金キャンパスの一角に、都内で最も古い宣教師館として知られる「インブリー館」が静かに佇んでいます。この建物は、かつて明治学院神学部教授を務めた宣教師、ウィリアム・インブリーが長年暮らした住居として特に有名です。その歴史的価値が認められ、1998年には国の重要文化財に指定されています。現在は主に学院の同窓会事務所や教員向けの会議室として活用されており、学内における重要な役割を担っています。

歴史

インブリー館の歴史は、明治学院が白金の地に開設された1887年（明治20年）頃に遡ります。当時、学院で教える宣教師たちのために、築地の外国人居留地から遠いキャンパス内に住居を設ける必要がありました。これにより、キャンパスの西北隅に3棟、東南隅に2棟、合計5棟の西洋館が建設されました。インブリー館は、これら初期に建てられた宣教師館の中で唯一現存する貴重な建物です。正確な創建年は特定されていませんが、東京大学教授の鈴木博久氏の研究では、1889年（明治22年）または1890年（明治23年）のいずれかと推測されています。

明治学院の最初の入学生の一人であった作家の島崎藤村は、自身の小説『桜の実の熟する時』（1919年）の中で学院生活を描写しており、その中に「三棟並んだ西洋館」の一つとして当館が登場しています。

建物が建てられてから最初の7～8年間は、宣教師マコーレーが居住していたと考えられています。その後、1897年（明治30年）に再来日したウィリアム・インブリーが1922年（大正11年）に帰国するまで、長きにわたりこの館で生活しました。太平洋戦争後、当時の学院長であった武藤富男氏によって、インブリー氏にちなんで「インブリー館」と名付けられました。その後も、学院関係者のための公宅や住居として利用され続けます。戦後の混乱期には、屋根裏部屋まで使って複数の世帯が暮らしていた時期もありました。大正時代と昭和時代には二度火災に見舞われ、建物の一部が焼損しています。

1964年（昭和39年）、東京オリンピック開催を控えた時期に、隣接する国道1号線の拡幅工事に伴い、創建時の位置から約200m離れた現在の場所へ曳家（ひきや）によって移築されました。この移築以降、建物は主に明治学院の同窓会事務室や会議室として使われています。

建物の詳細な調査と復元工事は、1990年代に進められました。1994年（平成6年）から翌年にかけ、東京大学工学部建築学科の鈴木博久研究室を中心に、建物と関係者の歴史、キャンパスに関する広範な調査が行われ、多くの資料が作成されました。その後、1995年には文化財建造物保存技術協会により、軸組みのみを残して内外装材を取り外すという徹底的な調査が実施され、建物の仕様や間取りの変遷などが詳細に記録されました。これらの調査資料に基づき、創建時の姿に近づけつつも、現代の利用にも適した環境を整えるための改修復元工事が、1996年（平成8年）から1997年（平成9年）にかけて慎重に行われました。これ以前にも何度か改修が行われていたようですが、その詳細は明らかになっていません。

1998年（平成10年）12月25日、「明治期に来日した外国人宣教師用の最初期の事例として、我が国にとって価値が高い」との評価を受け、国の重要文化財に指定されました。さらに、2002年には同じキャンパス内の明治学院記念館や明治学院礼拝堂（チャペル）と共に、「東京都港区景観上重要な歴史的建造物等」にも指定されています。2012年には建物の再塗装工事が完了しました。

インブリー館は、東京都内に現存する宣教師館としては最も古く、日本全体でも二番目に古いと言われています。

建築

インブリー館は、建築面積150.8m²、延べ床面積301.30m²の木造二階建ての建物です。設計者は特定されていませんが、19世紀後半のアメリカ合衆国で流行した木造住宅のパターンブックをもとに、外国人によって設計されたと考えられています。屋根は銅板一文字ぶきの寄棟造りで、四面に切妻が見られます。創建時は瓦ぶきでしたが、後に銅板ぶきに変更され、1996-97年の復元工事でも建物の構造への負担や安全性を考慮して、引き続き銅板ぶきが採用されました。

外観は日本の木造西洋建築によく見られる「シングルスタイル」と呼ばれるデザインで、下見板張りに1階と2階の間に幅広のボーダーが巡らされています。このスタイルは、創建当時の明治20年代という日本における洋風建築史の初期において、ニューイングランド地方の住宅伝統を受け継いだものです。各面の妻には珍しいタイプが用いられ、下端をギザギザに加工した板が張られています。2階の窓上部が放射線状のデザインになっていたり、壁面によって下見板の板幅を変えるなど、アメリカ風の単調さを避けるための多様な工夫が見られます。外壁はオイルペイントで仕上げられ、基礎部分には鉄筋コンクリート布基礎が採用されています。窓のサッシはレール式で、ガラスはパテで固定されています。

玄関にはホールと応接室にそれぞれ通じる2つの扉があり、内部に入ると1階も2階も階段ホールを中心に各部屋が配置された造りとなっています。各室の内装は、壁が漆喰塗り、床が寄木張りです。漆喰壁は白、灰色、黄色の3色に塗り分けられており、寄木細工のパターンも部屋ごとに変えるなど、デザイン上の特色が凝らされています。近年では、内部にアートディレクターの佐藤可士和氏がデザインした鮮やかなロゴマークが加えられています。

バルコニー、暖炉、煙突といった設備も備えています。また、廊下を設けず、ホールを中心にそれぞれの部屋が直接繋がっている構造は、アメリカ合衆国東部の伝統的な住宅様式、すなわち純粋な西洋住宅建築に非常に近い点が最大の特徴です。和室は一切なく、建物内外に和風のデザインはほとんど見られません（2階階段上の天井などごく一部を除く）。しかし、1994年の東京大学による調査で、扉の握り玉などの一部金物を除いて国産材料が使用されていること、また建築作業を日本人が担当し、日本の伝統工法を洋風建築に巧みに融合させていたことが明らかになっています。

アクセスと見学

インブリー館は、東京都港区白金台1-2-37に位置しています。東京メトロ南北線・都営地下鉄三田線の白金台駅2番出口、または都営地下鉄浅草線の高輪台駅A2番出口から、いずれも徒歩約7分です。明治学院大学白金キャンパスの正門を入って守衛所を通り過ぎ、緩やかな坂を上ると、右手に建物が見えてきます。このエリアは、手前に1890年創建の記念館、向かいに1916年（大正5年）創建の礼拝堂もある、歴史的な建造物が集まる一角となっています。

インブリー館は、礼拝堂や記念館と同様に、例年11月上旬に開催される「東京文化財ウィーク」期間中にのみ一般公開されています。この期間以外に見学を希望する場合は、大学への問い合わせが必要となります。

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