インペリアル・ケミカル・インダストリーズ

インペリアル・ケミカル・インダストリーズ（ICI）: 化学産業の巨人とその軌跡

インペリアル・ケミカル・インダストリーズ（ICI）は、イギリスを代表する世界的化学メーカーとして、長きにわたる歴史と数々の革新を誇ります。ロンドンに本社を置き、塗料やポリマー、食品添加物、電子部品など、多岐にわたる製品を製造・販売していました。従業員数は約32,000人にものぼり、その規模はアメリカのデュポン社やかつて存在したドイツのIG・ファルベン社に匹敵するほどでした。しかし、2008年にはオランダのアクゾ・ノーベルに買収され、その歴史に幕を閉じました。

誕生と急成長：競争激化への対応

ICIの設立は、1926年にまで遡ります。当時、台頭するドイツのIG・ファルベン社に対抗するため、イギリスの化学メーカー4社が合併してICIが誕生しました。合併に参加したのは、アルカリ製品製造で知られるブルーナー・モンド、火薬製造を担っていたノーベル・インダストリーズ、同じくアルカリ製品を扱うUnited Alkali Company、そして染料・顔料メーカーのBritish Dyestuffs Corporationです。

初代会長に就任したアルフレッド・モンドの卓越したリーダーシップの下、ICIは設立初年度から驚異的な成長を遂げました。売上高は2,700万UKポンドに達し、爆薬、肥料、殺虫剤、染料、化学薬品、印刷用品、塗料など、幅広い製品を市場に送り出しました。更には、ノーベル・インダストリーズから引き継いだサンビームブランドのオートバイ事業も展開していました。

イノベーションの源泉：数々の画期的発明

ICIは、化学業界におけるイノベーションを牽引する存在でした。有機顔料のフタロシアニン、透明なアクリル樹脂、塗料「デュラックス」、低密度ポリエチレン、そして様々な医薬品など、数々の画期的な物質や製品を生み出しました。

特に製薬分野での貢献は目覚ましく、スルファジミジン（抗菌剤）、パルドリン（抗マラリア薬）、ハロタン（麻酔薬）、プロプラノロール（β遮断薬）、タモキシフェン（抗がん剤）など、数々の医薬品を開発しました。これらの成功を受け、ICIは1957年に製薬部門を子会社化しました。

ICIの技術革新は、生産現場にも及んでいました。1974年には、Mond divisionが主導し、化学プラントを一元管理できるWorks Record Systemを開発しました。これはCICS（顧客情報制御システム）を実装した汎用性の高いシステムであり、長年に渡りICIの生産効率向上に貢献しました。

経営戦略と買収劇：変革期と新たな局面

1980年代以降、ICIは激しい競争環境に直面します。1988年には、イギリスのハンソン社からの敵対的買収を経験しましたが、これを撃退しました。その後、ICIは事業構造改革を進め、1993年には製薬・生物化学部門を独立させ、ゼネカ社を設立しました。ゼネカ社は後にアストラ社と合併し、現在のアストラゼネカとなりました。

また、ICIは1990年代から、高収益・高成長が期待できる特殊化学品分野への事業シフトを進めました。しかし、財務状況は依然として厳しい状況が続きました。

そして、2007年、アクゾ・ノーベル社による買収劇が勃発します。買収価格は交渉を経て80億UKポンドにまで上昇し、最終的にICIはアクゾ・ノーベル傘下へ入りました。これは、塗料事業における激しい競争を背景としたアクゾ・ノーベル社の戦略的な買収と捉えられています。

ICIの買収劇は、世界的な化学業界における再編を象徴する出来事となりました。数々のイノベーションを積み重ね、化学産業に大きな足跡を残したICIの歴史は、一つの時代を終えたと言えるでしょう。

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