ウァレリウス法

ウァレリウス法とは

ウァレリウス法（Lex Valeria de provocatione）は、共和政ローマの初期、紀元前509年にプブリウス・ウァレリウス・プブリコラによって制定されたローマ法です。この法律は、特に重罪を宣告された被告人が、現代でいうところの控訴を行う権利（プロウォカティオ）を認めたことで知られています。リウィウスの記述によれば、この法はウァレリウス氏族によって三度制定されたとされています。

制定の背景

王政ローマ末期、タルクィニウス・スペルブス（傲慢王）の圧政によって、ローマ市民は苦しんでいました。王子の不祥事をきっかけに、紀元前509年にルキウス・ユニウス・ブルトゥスやプブリコラらが王族を追放し、共和政が樹立されました。しかし、王政への憎しみは根強く、初代執政官の一人、ルキウス・タルクィニウス・コッラティヌスは、王と同じ名前というだけで辞任させられるほどでした。

王の復位を狙う軍勢との戦いでブルトゥスが戦死し、プブリコラが単独の執政官となると、今度は彼自身が王位を狙っているのではないかという疑念が生じました。そこでプブリコラは、民衆を集めて自らの無実を訴え、王位を狙う者を死罪とする法や、死刑判決を受けた被告人が民衆に不服を申し立てる権利（プロウォカティオ）を定めることで、民衆の信頼を得ようとしました。

紀元前485年には、三度も執政官を務めたスプリウス・カッシウス・ウェケッリヌスが王位を狙ったとして処刑されており、当時の政治情勢が不安定であったことが伺えます。

プロウォカティオ（人民提訴）の概要

プロウォカティオは、国家反逆罪などの重大犯罪で死刑などの厳罰判決を受けた被告人が、民会や民衆にその判決の賛否を諮る権利です。リウィウスによれば、この制度は王政ローマ三代目の王の時代に、ホラティウス三兄弟の一人が姉妹を殺害した際、王が自ら裁くことを避けて市民にプロウォカティオするよう定めたのが始まりとされています。

ただし、プロウォカティオが認められるのはローマから1マイル以内であり、独裁官に対しては行えなかったとされています。

同時に成立した法律

プルタルコスは、ウァレリウス法と同時に成立した他の法律についても記録しています。それによると、以下の内容が含まれていたとされています。

プロウォカティオの権利
民衆の承認なく官職に就いた者を死罪とする
税の撤廃
執政官の命令違反に対する罰則
王位を狙う者を証拠があれば殺しても罪に問われない
サトゥルヌス神殿を国庫とし、クァエストル（財務官）を民衆が選出する
反逆罪の適用

ウァレリウス法成立後、カッシウスの裁判ではクァエストルによって反逆罪に問われ、民衆によって有罪判決を受けたという説があります。また、マルクス・マンリウス・カピトリヌスの例では、護民官によって告発された後、ケントゥリア民会で有罪とされ、タルペーイアの岩から突き落とされて処刑されました。

改定

ウァレリウス法は、その後も二度にわたって改定されました。最初の改定は紀元前449年にルキウス・ウァレリウス・ポティトゥスとマルクス・ホラティウス・バルバトゥスによって、二度目の改定は紀元前300年にマルクス・ウァレリウス・コルウスによって行われました。

改定を通して、プロウォカティオの権利は、死刑だけでなく鞭打ちや重罰金といった刑罰にも拡大されていきました。

後世の検証と意義

リウィウスの記述が全面的に正しいかどうかは定かではなく、プブリコラ自身も伝説的な人物であるとされています。そのため、プロウォカティオ自体は存在したものの、その法的根拠は紀元前300年の法に求められるとする研究者もいます。

また、プロウォカティオの権利を行使しても、判決を下した執政官が控訴を取り上げなくても罰則はなく、名誉を失うだけだったとされています。テオドール・モムゼンは、このウァレリウス法を執政官が継承した王権を制限するためのものと捉えています。

紀元前300年前後はプレブス（平民）の身分闘争が激化していた時期であり、同時にプレブスの神官職就任を認めたオグルニウス法なども成立しています。そのため、プロウォカティオもパトリキ（貴族）による一方的な重罪判決を防ぐことを目的とした身分闘争の一環であり、その起源を神話時代まで遡らせることで正当性を強調した可能性も考えられます。

まとめ

ウァレリウス法は、共和政ローマの初期における重要な法律であり、市民が不当な刑罰から救済されるための重要な権利を確立しました。この法律は、ローマ法の発展における重要な転換点であり、後の法制度にも大きな影響を与えました。

参考文献

ティトゥス・リウィウス『ローマ建国史』
船田享二『ローマ法 第一巻 (改訂版)』岩波書店、1968年
Andrew Lintott (1999). The Constitution of the Roman Republic. Oxford: Oxford University Press.
テオドール・モムゼン『ローマの歴史〈1〉ローマの成立』名古屋大学出版会、2005年

関連項目

ウァレリウス氏族

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